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郷土文化室保管 歴史・美術資料のご紹介

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

旧岸和田市立郷土資料館(平成19年3月31日廃止)が収集した資料など、郷土文化室で保管している歴史・美術資料から、主なものをご紹介します。

  1. 旧岸和田藩主岡部家関係資料
  2. 歴史資料
  3. 工芸資料
  4. 絵画資料
  5. 書蹟資料

1 旧岸和田藩主岡部家関係資料

木造阿弥陀如来座像〈もくぞうあみだにょらいざぞう〉 1躯 平安後期 大阪府指定文化財

阿弥陀如来座像の写真

岸和田藩主岡部氏は、平安時代後期から室町時代には駿河国志太郡岡部郷(静岡県志太郡岡部町)の領主であった。本像は、久安4(1148)年に岡部郷に創建された岡部家菩提寺万福寺の本尊と伝えられ、制作時期もほぼこの頃と考えられている。

 

 

 

 

 

岡部常慶寄進状〈おかべじょうけいきしんじょう〉 1幅 天文17(1548)年

岡部常慶寄進状の写真

江戸時代の岸和田藩主岡部氏は、室町・戦国時代には駿河・遠江・三河国の戦国大名今川家に仕え、後に甲斐武田氏、更に徳川家康に仕えて近世大名に成長した。本状は戦国時代の武将で、岸和田岡部家初代藩主宣勝〈のぶかつ〉の曽祖父である岡部常慶が、今川家の菩提寺である増善寺(静岡市)に寺領や仏具などを寄進した文書で、袖には今川義元の花押が据えられている。

紫糸威伊予札四枚胴具足〈むらさきいとおどしいよざねよんまいどうぐそく〉 1領 江戸前期 大阪府指定文化財

紫糸威伊予札四枚胴具足の写真元禄期の岸和田藩主岡部長泰が使用した具足。胴は紫糸を素掛〈すがけ〉に威した四枚胴で、裏地に舶来の黒羅紗を、金具廻りには銀など大名道具らしく高級な部材を用いる。兜は62間筋兜〈62けんすじかぶと〉で、名工明珍信家が天文2(1534)年に制作したものを江戸時代に仕立て直したものである。

和歌色紙 岡部宣勝筆  1幅 江戸前期

岡部宣勝和歌色紙写真

岸和田岡部家初代藩主岡部宣勝〈のぶかつ〉筆と伝える色紙。雲紙に金砂子を蒔いた料紙に、「朝またきあらしの山のさむけれはちるもみちはをきぬ人そなき」の和歌を記している。

和歌短冊 岡部宣勝筆 1幅 江戸前期

岡部宣勝和歌短冊写真

岸和田岡部家初代藩主岡部宣勝〈のぶかつ〉筆と伝える短冊。「於摂州金龍寺」と表題し、「けふまては名にのみきゝし山寺の花に昔の春も見るかな」の和歌を記している。金龍寺〈こんりゅうじ〉は高槻市成合にある天台宗寺院で、古くから桜の名所として知られていた。宣勝が高槻藩主時代に当寺を訪れて詠んだ歌であろう。

竹鶴図〈ちくかくず〉 岡部長著筆 1幅 絹本著色 江戸中期

竹鶴図の写真

七絶詩〈しちぜつし〉 岡部長著筆 1幅 江戸中期

岡部長著七絶詩写真

岡部長著〈ながあきら〉は岸和田岡部家5代藩主。長著は、「能曲と絵画とは、余技的天才であった」(落合保『岸和田藩志』)と評されるように、職業絵師に優るとも劣らない絵画作品を残し、歴代岸和田藩主の中でも特に書画に巧みな藩主であった。

七絶詩〈しちぜつし〉 岡部長職筆 1幅 明治4(1871)年

岡部長職七絶詩写真

岡部長職〈ながもと〉は最後の岸和田藩主。明治4年、廃藩置県により岸和田を離れるにあたって家臣らに書き与えた詩。「命を受け奮然として課程を正さんとす、固〈もと〉より期す胆〈きも〉を嘗〈な〉めて素心成らんと、君に請う区々の思いを説くを休めよ、窓外の鳴虫切に情を管す」(上京の命を受け、臥薪嘗胆して新たな世界での成功を目指すつもりなので、皆のものはあれこれと意見を言うのをやめよ。窓外の虫の音さえも切なく聞こえる。) 岸和田を離れる寂しさと、この先待ち受けているであろう苦難にも耐えてゆこうという決意を表している。

岡部長景像〈おかべながかげぞう〉 王一亭筆 1幅 紙本著色 大正15年

岡部長景像の写真

岡部長景は、最後の岸和田藩主岡部長職〈ながもと〉の嫡男で、戦前には東条内閣の文部大臣を勤めるなど、政府の要職を歴任した。王一亭は中国近代の画家で、当時、上海美術界の中心的人物であった。長景は大正期には外務省亜細亜局文化事業部長として度々訪中し、中国の文化人たちとの交流も多く、こうした中で王一亭との知遇も得たのであろう。大胆な筆使いで竹林に座す長景を描くが、顔だけは写真のように描いた個性あふれる作品である。

2 歴史資料

根来出城図〈ねごろでじろず〉 1幅 江戸後期

根来出城図の写真

現、貝塚市域の近木川流域に点在する根来寺の出城群を描いた絵図で、天正13(1585)年、羽柴秀吉が岸和田城を拠点として紀州根来寺を攻めた頃の状況を示す。江戸後期頃に描かれた図であるが、今城(千石堀城)・高井城・積善寺〈しゃくぜんじ〉城・畠中城・窪田城・沢城などに根来寺・雑賀一揆勢力が篭り秀吉の軍勢と対抗したことは各種史料に記され、戦国末期の岸和田・貝塚周辺地域の状況を可視的に示す資料として貴重である。

朝鮮諸人筆語詩巻〈ちょうせんしょじんひつごしかん〉 3巻 江戸中期

 朝鮮諸人筆語詩巻1写真朝鮮諸人筆語詩巻2写真

延享5(1748)年と宝暦14(1764)年の朝鮮通信使来日にあたり、岸和田藩が大坂での通信使接待役を命じられた際、岸和田藩士と通信使との間で交わされた筆談のメモや、通信使から贈られた詩文などを3巻に仕立てている。岸和田藩士であった安井家に伝わった資料である。筆者には延享5年の正使洪啓禧の子で対潮楼(広島県福山市)に額字を残す洪景海や、宝暦14年の書記金退石などがいる。

顕如書状〈けんにょしょじょう〉 1巻 天正9(1581)年

顕如書状写真

紀伊国鷺森(和歌山市)にいた本願寺門主顕如光佐から、織田信長家臣蜂屋頼隆〈はちやよりたか〉に宛てた書状で、内容は、頼隆の岸和田入城を祝うとともに、門徒の本願寺参詣の安全保障を求めている。年代が明記されていないが、内容から天正9(1581)年のものと推定できる。翌天正10年の本能寺の変で信長が倒れたため、蜂屋頼隆の岸和田在城は、1年ほどで終わった。その後、羽柴秀吉に属し、越前国敦賀(現、福井県敦賀市)城主となったが、没後、子がなく蜂屋家は断絶した。

大般若経 巻五百九十〈だいはんにゃきょうまき590〉 1巻 平安後期

大般若経巻590写真大般若経巻590裏面写真

和泉国山直〈やまだい〉郷(岸和田市山直中町付近) にかつて存在した大蔵寺で書写された経典の一つ。本来、15紙から成るが、第4・第5・第6紙と巻末の第15紙が欠落しているため、巻末に記されていたであろう書写年代と筆者名を確定できないものの、奈良県五條市の満願寺に伝わる大般若経(重文)の僚本である。大蔵寺経の特徴として、各料紙の裏に宝塔の朱印が捺されている。

沢庵宗彭書状〈たくあんそうほうしょじょう〉 1幅 寛永14(1637)年

沢庵書状写真

江戸前期の禅僧沢庵宗彭が、江戸から元岸和田藩主小出吉英〈こいでよしひで〉に宛てた書状。沢庵は但馬国出石(現、兵庫県豊岡市)出身で、出石藩主でもあった小出氏に対してしばしば書状を送っている。沢庵は元和元(1615)年から同2年に岸和田を訪れ、岸城神社境内にあった日光寺や極楽寺に滞在し、藩主小出吉英に出石の宗鏡寺や堺の南宗寺の復興への協力を求めた。小出氏に宛てた沢庵の書状は数多く知られ、両者の親交は生涯続いた。

岸和田城図 1鋪 承応2(1653)年

岸和田城図写真

岸和田藩主岡部宣勝から石垣修復のために幕府に提出した岸和田城図の写し。中央部に五層単立の天守閣が描かれている。岸和田城図としては正保2(1645)年のいわゆる正保の城絵図(内閣文庫所蔵、重文)に次いで古い絵図である。

3 工芸資料

紺糸威胸白鳳凰文二枚胴具足〈こんいとおどしむねしろほうおうもんにまいどうぐそく〉 1領 江戸前期

紺糸威胸白鳳凰文二枚胴具足写真

胴は桶側胴〈おけがわどう〉の正面に錆漆〈さびうるし〉を塗って平滑にし、ややデフォルメされた鳳凰文を打ち出している。兜は62間筋兜〈62けんすじかぶと〉で、「長途」の銘がある。長途は江戸前期(17世紀半ば頃)の加賀国小松(現、石川県小松市)の具足鍛冶。具足櫃の貼紙や、兜の前立ての「亀甲に小の字」紋、吹返の「額」紋などから江戸初期の岸和田藩主小出吉英〈こいでよしひで〉が使用したことが判明するが、長途の活躍した時期からみて、但馬国出石藩(兵庫県豊岡市)主時代の具足と考えられる。

緋威裾濃胴丸具足〈ひおどしすそごどうまるぐそく〉 1領 江戸後期

緋威裾濃胴丸具足の写真

裾濃〈すそご〉とは上段を白糸で威し、下段にゆくに従って濃い色目の糸を用いる装飾的な威し方で、一見して優美な印象を与える、江戸後期頃の具足である。いずれかの大名家伝来品であろうが、手がかりは杏葉〈ぎょうよう〉の串団子風の紋と、篭手〈こて〉の地鉄〈じがね〉に施された笹に雀の紋のみで、確定できない。小出吉英〈こいでよしひで〉所用「紺糸威胸白鳳凰文二枚胴具足〈こんいとおどしむねしろほうおうもんにまいどうぐそく〉」と同じく「長途」の兜銘がある。江戸初期の古鉢を江戸後期に仕立て直した具足である。

紺糸威二枚胴具足〈こんいとおどしにまいどうぐそく〉 1領 江戸時代

紺糸威二枚胴具足の写真

胴は本小札〈ほんこざね〉、紺糸毛引威〈けびきおどし〉、長側〈ながかわ〉5段、立挙〈たてあげ〉3段の二枚胴。袖はやや大ぶりの当世袖だが、水呑鐶〈みずのみのかん〉・立冠板〈たてかんむりいた〉を具えて大袖風にしている。兜は62間小星兜〈62けんこぼしかぶと〉で、早乙女家忠の銘がある。いずれかの大名家伝来品であろうことは間違いないが、杏葉・篭手・吹返〈ふきかえし〉・前立〈まえたて〉などの三巴紋から岡部家伝来品の可能性もある。

紺糸威胴丸具足〈こんいとおどしどうまるぐそく〉 1領 江戸時代

紺糸威胴丸具足の写真

近世中期以後、甲冑は実戦性よりも所有者の権威を示す具となり、大名家などでは古代・中世の甲冑を模した復古調の具足が作られた。本品もその一つで、兜は鎌倉期の大円山16間厳星兜〈だいえんざん16けんいがぼしかぶと〉を模している。杏葉〈ぎょうよう〉に丸に桔梗〈ききょう〉紋、具足櫃には日の字紋がみえ、これらの紋を用いた大名家伝来品であろう。篭手〈こて〉の地鉄〈じがね〉部には黒漆で繊細な牡丹唐草文を施すなど、細部まで入念に仕上げられた具足である。

竜文蒔絵三十八間ニ方白筋兜〈りゅうもんまきえ38けんにほうじろすじかぶと〉 1頭 桃山時代

竜文蒔絵38間二方白筋兜の写真現状は総体黒漆塗りの筋兜であるが、もと桧垣〈ひがき〉がめぐらされた総覆輪兜であったと思われる。眉庇〈まびさし〉に施された金竜文蒔絵が一際目を引く。吹返〈ふきかえし〉に据えられた丸に一文字三星紋は渡辺星とも呼ばれ、和泉国伯太〈はかた〉藩(和泉市)主渡辺家伝来品と推定される。

鉄錆地六十二間筋兜〈てつさびじ62けんすじかぶと〉 1頭 室町末期

鉄錆地62間筋兜の写真

室町末期に発明された六十二間阿古陀形〈あこだなり〉筋兜は、打撃に強く、かつ通気性もよい極めて実用的な兜として大いに流行した。本品もその一つで、鍛えの良い矧板の錆地を活かし、眉庇〈まびさし〉や吹返〈ふきかえし〉に金銅の覆輪を施してアクセントをつけている。鉢内部に「常州住早乙女家成」の銘が彫られている。

九曜紋梨地銀覆輪鞍・鐙〈くようもんなしじぎんふくりんくらあぶみ〉 1式 江戸末期

九曜文梨地銀覆輪鞍鐙写真

前輪と後輪〈しずわ〉に鍍金した九曜紋を据え、鐙は鳩胸に鍍銀九曜紋を大きく据え、紋板にも九曜紋を透かす。伊達家伝来品と伝えられる馬具である。鞍・鐙ともに梨地に銀覆輪を施した優美な作品である。居木〈いぎ〉裏に彫られた銘「星子政之作」「嘉永五壬子年」によって作者名・制作年代が判明する。

4 絵画資料

花鳥図 伝、李一和筆 双幅 絹本著色 明代 

花鳥図(左幅)の写真花鳥図(右幅)の写真

右幅に岩陰に憩う雌雄の雉を、左幅に蓮池に遊ぶ白鷺を描く。「李一和」筆とする狩野伊川院栄信の極書が付属するが、李一和については詳しいことは不明である。明代前・中期頃の入念な作品である。

蝦夷風俗図巻〈えぞふうぞくずかん〉 1巻 江戸後期

蝦夷風俗図巻写真

アイヌ人の衣服や生業、熊祭り(イオマンテ)の風習などを図解する。江戸中期以後、蝦夷地(北海道)に対する関心の高まりとともに、こうしたアイヌ民族の風習を記録した絵画が多く制作された。本図は大坂安治川口の船宿淡路屋に伝わった資料の一つで、海運業者のアイヌ人への関心の高まりを示すものであろう。

春渓捕魚図〈しゅんけいほぎょず〉 日根対山筆 1幅 絹本著色 万延元(1860)年

春渓捕魚図写真

日根対山〈ひねたいざん〉は、日根郡中庄湊(泉佐野市)出身の文人画家。はじめ岸和田の桃田栄雲に師事し、後に京都に出て貫名海屋〈ぬきなかいおく〉に書画を学び、名声をあげた。

春秋 小川翠村筆 6曲1双 金地著色 昭和16年

春秋のうち、春の写真

春秋のうち、秋の写真

小川翠村〈おがわすいそん〉は、泉南郡日根野(現、泉佐野市)出身の日本画家。岸和田中学卒業後、京都で西山翠嶂の門下に入り、上村松篁らとともに「西山塾の四天王」と称された。本作品は昭和16年閑院宮家に納められた同タイトルの作品とほぼ同図で、金地の画面一杯に桜・楓の大樹のもとに咲きほこり、群れ遊ぶ花鳥を描く。小川翠村の代表作の一つである。

月下の雁 菱田春草筆  絹本淡彩 1幅 明治期

月下の雁写真

月光を浴びながら飛ぶ二羽の雁を、ほとんど水墨の濃淡のみで表している。菱田春草〈ひしだしゅんそう〉は、明治時代の日本画家。横山大観とともに、輪郭線を使わずに光や空気を表現する技法(朦朧体〈もうろうたい〉)を試みて日本画の革新を図った。代表作「黒き猫」(永青文庫蔵)・「賢首菩薩」(東京国立近代美術館蔵)など。

新螢 上村松園筆 1幅 絹本著色 昭和20年

新蛍写真

紅葉かり 上村松園筆 1幅 絹本着色 昭和12年

紅葉かり写真

古代舞姫図 上村松園筆  1幅 絹本著色  昭和期

古代舞姫写真

春日 上村松園筆  1幅 絹本著色 昭和期

春日写真

上村松園〈うえむらしょうえん〉は近代の女流日本画家。明治8(1875)年京都に生まれる。本名津禰〈つね〉。鈴木松年・幸野楳嶺・竹内栖鳳門下。明治23年、第3回内国勧業博覧会に出品した「四季美人図」が一等褒状を受け、以後、各種美術展で度々入賞した。特に美人画に優れ、四条派の技法に近代感覚を取り入れて新境地を開拓した。昭和23年、女性として初めて文化勲章を受章した。上村松篁はその子。代表作に「焔〈ほのお〉」(大正7年 東京国立博物館蔵)・「序の舞」(昭和11年 東京芸術大学蔵)などがある。

小犬図 岡部文錦筆 1幅 紙本淡彩 江戸末期から明治期

小犬図の写真

梅に鴛鴦図〈うめにおしどりず〉 岡部文錦筆 1幅 絹本著色 江戸末期から明治期

梅に鴛鴦図の写真

岡部文錦〈おかべぶんきん〉は、幕末から明治期の岸和田藩士・画家。藩主岡部家の庶流にあたり、代々、目付・町奉行・側用人・寺社奉行などを歴任した家柄である。江戸で谷文晁〈たにぶんちょう〉に師事し、特に花鳥画をよくした。

出山釈迦図〈しゅっせんしゃかず〉 岡部竹涯筆 紙本著色 慶応元(1865)年

出山釈迦図の写真

岡部竹涯〈おかべちくがい〉は文錦の子で、名は協。釈迦が苦行を終え、更に独自の境地を求めて雪山を出る姿を描く出山釈迦図は、水墨画などによくある画題であるが、やや戯画的な作品である。

架鷹図〈かようず〉 桃田栄雲筆 1幅 絹本著色 天保7(1836)年

架鷹図の写真

桃田栄雲〈ももたえいうん〉は岸和田在住の絵師。本図は岸和田藩主が飼養していた鷹を描いた作品で、栄雲は藩御用絵師であったと考えられる。また、日根対山の最初の師であったともいわれている。

5 書蹟資料

短冊手鑑〈たんざくてかがみ〉 1帖 室町から江戸前期

短冊手鑑札1写真 短冊手鑑写真2

室町から江戸前期の天皇・公家・武将・僧侶・連歌師らの短冊294枚を収め、全て近世の古筆家の極札が付属している。主な筆者に、後小松天皇・後花園天皇・足利義教・足利義政・武田信玄・三好長慶・近衛信尹〈このえのぶただ〉・三条西実隆〈さんじょうにしさねたか〉・牡丹花肖柏〈ぼたんかしょうはく〉・松花堂昭乗〈しょうかどうしょうじょう〉らがいる。表紙は錦を貼り、見返しは金地に松竹梅文を銀で描く。伝来は明らかでないが、大正13(1924)年に「寸喜子」なる人物が筆写した目録が付属している。

和歌短冊 伝、後円融天皇筆 1枚 室町時代 

後円融天皇短冊写真

雲紙に藤原家隆の歌「野遊 思ふとちそこともしらす行くれぬ花のやとかせ野辺の鶯」(「壬二集」所収)を記す。後円融院筆とする古筆家の極札が付属する。

和歌短冊 一条兼良筆 1枚 室町時代 

一条兼良短冊写真

金銀泥で雲・波文等を施した雲紙に「おもふ事いはねにおふるみるふさの千いろやうこのこゝろなるらん」の和歌を記す。一条兼良〈いちじょうかねら〉は、摂政・関白・太政大臣まで昇進する一方、当代一流の学者としても知られ、和歌・古典・有職故実〈ゆうそくこじつ〉など多方面にわたる述作を残した。

和歌短冊 三条西実隆筆 1枚 室町時代

三条西実隆短冊写真雲紙に「紅梅」の歌題で「心あれやすみこし宿もこの花の色こそ世ゝの名に残りけれ」の和歌を記す。三条西実隆〈さんじょうにしさねたか〉は、飛鳥井雅親〈あすかいまさちか〉に和歌を、一条兼良〈いちじょうかねら〉に故実を学び、宗祇〈そうぎ〉から古今伝授を受けるなど当代和漢学の第一人者とされる。

和歌短冊 伊達政宗筆 1枚 江戸前期

伊達政宗短冊写真白地に金銀泥で菖蒲等を描き砂子を蒔いた料紙に次の和歌を記す。「元日春たつ心を 年ゝ春たちならひつゝあひをひの松にひとしきけふの空かな」 伊達政宗は仙台藩祖で、隻眼の勇将として知られる。

俳句短冊 小林一茶筆 1枚 江戸中期

小林一茶短冊写真 白地に藍・朱で花文を散した料紙に「雪解てさのみ用なき山家哉」の句を記す。小林一茶は、貧しい農村の現実を題材にした俳句を多く残し、通俗化した化政期俳壇にあって異彩を放った。

短歌短冊 正岡子規筆 1枚 明治期

正岡子規短冊写真 濃緑地に銀泥で霞を引いた料紙に「ひさかたのアメリカ人のはしめにしベースボールは見れとあかぬかも」の短歌を記す。正岡子規は、愛媛県出身の俳人・歌人で、俳誌『ホトトギス』を主導し高浜虚子・伊藤左千夫らを育てた。一方、生涯、野球を愛したことでも知られ、多くの野球に関する句歌を残した。

俳句短冊 芥川龍之介筆 1枚 大正時代 

芥川龍之介短冊写真

萌黄地に砂子を蒔いた料紙に「庭土に皐月の蝿の親しさよ」の句を記す。芥川龍之介は東京出身の小説家。代表作『鼻』『羅生門』など。

短歌短冊 与謝野晶子筆 1枚 大正時代 

与謝野晶子短冊写真

黄地に金箔・砂子を散した料紙に「櫨の葉の魚のさまして這ひよるもさひしきそのとなりにけるかな」(大正10年『太陽と薔薇』所収)の短歌を記す。与謝野晶子は、堺出身の女流歌人。夫鉄幹が主宰する文芸誌『明星』の中心的歌人として活躍した。歌集『みだれ髪』など。