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伝説2 轟川と鮎

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

 和泉式部が幼い時、畑に出て綿をとっていると商人が来て、その綿を売るかと問うたので「轟やあの綿ならばうるかなり、この綿ばかりうるかではなし」と、歌でこたえた。それからこの轟川に鮎が絶えたという。別書に「とどろきの川の瀬に住む鮎にこそ、うるかといえる綿はありけり」ともいう。
(うるかは、鮎の腸または鮎の子の塩漬)

轟川の写真


 「岸和田の伝説」は、「広報きしわだ」に昭和54年4月1日号から昭和55年12月15日号まで連載されたものの転載です。当時の文言をほぼそのまま用いていますが、写真は撮り直しています。


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