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寺田甚与茂(てらだじんよも)1853~1931

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

 寺田家は、江戸時代には南町で酒造業を営む岸和田城下の有力商人の一つでした。甚与茂は寺田家の長男として生まれ、明治11年に国立五十一銀行の創立委員に加わって以後、紡績業、鉄道業、電力業など多角的な経営を展開して、一代で巨万の富を築き上げ、寺田家を地方財閥に成長させました。特に明治27年に開業した岸和田紡績は、日本有数の大企業に成長し、岸和田の近代化を推進しました。
 甚与茂の弟元吉は兄の経営を補佐し、また異父弟の利吉も寺田紡績や寺田銀行などを開業し、かつて岸和田の海岸付近や紀州街道沿線には寺田系の企業や銀行が林立して、岸和田は企業城下町の様相を呈していました。
 戦後の財閥解体により、寺田財閥は解消されましたが、今も城周辺に残る五風荘や自泉会館に往時の寺田財閥の隆盛振りがしのばれます。

寺田甚与茂肖像画の写真「寺田甚与茂肖像画」(郷土資料館)

自泉会館外観写真自泉会館


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