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沢庵宗彭(たくあんそうほう) 1573~1645

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

 江戸時代初期の禅僧として有名な沢庵は、但馬国出石(兵庫県出石郡出石町)出身で、出石の宗鏡寺(すきょうじ)や堺の南宗寺、京都の大徳寺などの住職を歴任しました。
 元和元(一六一五)年九月、沢庵は大坂の陣で焼失した南宗寺再興事業への協力を求めるため、岸和田藩主小出吉英のもとを訪れました。はじめ今の岸城神社境内にあった日光寺に滞在しましたが、日々藩士らが来訪することが煩わしく、極楽寺(極楽寺町)に移りました。当時、沢庵の故郷である出石藩と岸和田藩は共に小出氏が藩主として治めていましたので、小出吉英とは親交深く、しばしば書状のやりとりなどをしていました。
 その後、いわゆる紫衣(しえ)事件で幕府の方針に反対の立場をとり、寛永六(一六二九)年、出羽国へ流されましたが、後に許され、将軍家光に重用されました。

沢庵宗彭像の写真沢庵宗彭像(堺市 祥雲寺)

沢庵宗彭の碑の写真沢庵宗彭の碑(極楽寺町 極楽寺)


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