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岡部宣勝(おかべのぶかつ) 1597~1668

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

 江戸時代のはじめ、寛永17(1640)年に岸和田藩主となり、以後13代約230年におよぶ藩主岡部家の初代です。寛永9年、父長盛の没後、美濃大垣藩主となり、以後、播磨龍野・摂津高槻藩主を経て、松平氏にかわり岸和田藩主として入城しました。
 岡部家は、もと駿河国岡部郷(現在の静岡県志太郡岡部町付近)を本拠地とする地方武士で、戦国時代には今川氏、武田氏に仕えていましたが、宣勝の祖父正綱の時に徳川家康の家臣となった譜代大名です。岸和田は「天下の台所」大阪に近く、大阪湾の海防上も重要な要所でしたので、幕府はより信頼できる譜代大名を配置することとし、岡部氏が岸和田藩主に任命されました。宣勝は城郭整備をすすめ、浜の石垣筋や津田川堤を築き、城下町岸和田がほぼ完成しました。寛文元(1661)年に隠退した後は、土生山下の隠居所に移り、彼の死後、遺言によって隠居所は泉光寺とされ、以後、泉光寺が岡部家菩提寺となりました。泉光寺には宣勝以下歴代藩主の肖像画や遺品類が多数伝えられています。

岡部宣勝の肖像画「岡部宣勝像」(泉光寺)


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