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岸和田のむかし話6 轟川・天の川周辺の話・(7)兵主神社の絵馬と蛇淵(西之内)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

 兵主(ひょうず)神社は掃守郷(かもりごう)の総社(そうじゃ)で、西之内とその付近ならびに額原・尾生(おぶ)・包近(かねちか)までを含めた十二か村から、それぞれ一人ずつの弥宜(ねぎ)(神主に準ずる人)を出してお祀(まつ)りしてきましたが、天正年間兵火にかかった後は、西之内だけでお祀りして今日にいたりました。今でも「和泉(いずみ)の大宮」と呼ばれ、雨降りの神としても、近郊の人々から厚くうやまわれています。
 お宮の祭神は品陀別尊(ほんだわけのみこと)。荒神(あらがみ)様といわれ、勇ましいことを好まれるためでしょうか、お宮の絵馬堂には、力石の絵馬(えま)がかかり、裸形(らぎょう)の若者たちが大石を差し上げ、力を競(きそ)っている様子が描かれています。末社豊玉姫命(とよたまひめのみこと)のお社(やしろ)の傍(かたわ)らに長さ30間、幅3間の小さな池があって、「蛇淵」と呼ばれています。

 むかぁし、真夜中の田んぼ道でなぁ、婚礼の振る舞い酒に酔うて、道がわからんよになってしもたお爺(じい)が、森の中にひとり立ってる女子(おなご)に道を尋(たん)ねたんやし。
 「今年は雨が降れへんさかい、川も干上(ひあ)がって、あんばい道もわからんよになってしもた。和泉の宮さんはどの方角や」
 「宮さんやったら、この森をぬけたとこやけどー」
 そらぁもうきれいな女子(おなご)やったけど、何(なん)やしらん、体が青う光ってるみたいやった。
 「この森やて?」
 お爺が森の方へ目ぇこらすと、木下(こした)かげからこっちへやって来る男がおった。ええ男やけど、やっぱし体が青う光っちゃある。
 と、ふたりは、いっときに大(おっ)きな声をあげ、駆け寄って手ぇ取り合(お)うたと、見る間ぁもなく、叩きつけるよな雨、雨、雨ん中で、大きな蛇が2匹、からみあい、チャブリ……
 小(ちっ)ちゃな池の底へ身い躍(おど)らせて見えんようになってしもた。
 「わぁっ」
 お爺がびっくり仰天(ぎょうてん)しながらよう見ると、そこは宮さんの蛇淵やったんやてぇ。
 この蛇淵の底は今も久米田池に通じているといいます。


※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

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