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岸和田のむかし話6 轟川・天の川周辺の話・(4)荒木村の由来(荒木)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載
 摂津(せっつ)の国伊丹(いたみ)の城主荒木村重(むらしげ)は、旧主織田信長に背(そむ)いたため、その妻子眷属(けんぞく)は哀れやことごとく処刑されてしまいましたが、ただ一人、岩楠(いわくす)という4才の男の子が賢い乳(め)の人(と)のおかげであやうい命を拾いました。
 城を脱出する直前、かの乳(め)の人(と)は、
 「後々、若君のお暮らしがたっていくようにして差し上げねば。そのためには、なんとしても黄金(こがね)を……」
 と考え、村重が籠城(ろうじょう)に備えて大切にしていた竹流(たけなが)し金(きん)を、自分と幼君の着物に縫い込みました。乳(め)の人(と)は厳しい詮議(せんぎ)の目を逃(のが)れ、虎の尾を踏む思いで幼君を抱きかかえて和気(わけ)村に住む父親を頼って潜(ひそ)み隠(かく)れました。
 運よく逃げおおせたものですが、それにしても捕まったが最期、幼君ともども逆(さか)さ磔(はりつけ)にもされようかという瀬戸際(せとぎわ)で、よくもまあ、こんな心配(こころくば)りができたものです。この乳(め)の人(と)、よほどのしっかり者だったにちがいありません。
 やがて成長した岩楠は源太夫(げんだいふ)と名乗り、この黄金をもとに、荒れ地を拓(ひら)いて当地きっての豪農(ごうのう)となったので、いつしかこの辺りを「荒木村」と呼ぶようになりました。

※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

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