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岸和田のむかし話6 轟川・天の川周辺の話・(3)夜疑神社と唐臼(中井)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

 夜疑(やぎ)神社は延喜式内(えんぎしきだい)の古社で、布留多摩命(ふるたまのみこと)を主神としますが、八木造(やぎのみやつこ)の祖神(おやがみ)を合わせ祀(まつ)ったと言われています。
 布留多摩命は「海さち・山さち」のお話の主人公である山幸彦(やまさちひこ)ホオリノ命(みこと)の妻豊玉姫(とよたまひめ)の妹神です。
 久しぶりにワダツミの国からはるばると訪ねてくれた姉神様と、積もる話に夜通(よどお)し時を忘れておられましたが、朝の早い里の家々では、はやくも唐臼(からうす)つく音がひびき、
 コケコッコー 
 鶏が一斉(いっせい)に時を告げました。
 豊玉姫は慌(あわ)てて、
 「日(ひ)の本(もと)の夜明けって、ほんとうに早いのね」
 名残(なごり)を惜しむ間もなく、チヌの海に待たせてあったワニザメに乗って、帰っておしまいになりました。
 「ああ、もっとゆっくりお話したかったのに。父神様にお言伝(ことづて)する暇(ひま)もなかったわ」
 布留多摩命は、早過ぎた唐臼の音をどんなにか恨(うら)めしく思われたことでしょう。

夜疑神社と唐臼の挿絵

 それからというもの、夜疑神社の祭神様は、唐臼の音がお嫌(きら)いとあって、里人みんな臼の使用を遠慮するようになりましたが、まったく臼が使えないというのではやはり困ります。そこで神主(かんぬし)さんに祝詞(のりと)をあげてもらい、大きな音のする唐臼の代わりに横臼を使わせてください、とお願いしたところ、祭神様は快くお許しになり、みんなやれやれと胸をなでおろしました。
 氏地(うじち)は合祀(ごうし)の結果、旧八木村のほか、吉井町、泉北郡忠岡町高月(たかつき)・北出(きたいで)を含みますが、かつての広荘な社域は次第に失われ、現在590余坪。本殿・拝殿・神撰所(しんせんじょ)・絵馬堂(えまどう)・納屋(なや)を残しています。
 祭礼は毎年8月15日。夏祭りは7月15日です。今でも氏子総代(うじこそうだい)の一老(いちろう)さんが指揮をとって、宮座(みやざ)の人たちが七夕(たなばた)ゆかりの行事を昔のまま大切に守り伝えています。


※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

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