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岸和田のむかし話5 津田川・城下周辺の話・(7)十輪寺のお徳石(野田)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

 わくら葉が風に舞い散る秋の夕暮れどきである。
 城下で器量(きりょう)よしと評判(ひょうばん)のむすめ「お徳」は小女(こおんな)ひとりつれて氏神さまへお詣(まい)りに行った。その帰り道、人気(ひとけ)のない路地(ろじ)で、とつぜん現れた髭(ひげ)ぼうぼうのお爺(じい)が、
 「俺(わし)は、昔お前の父親(てておや)に生駒(いこま)の山中(やまんなか)で殺された商人(あきんど)のゆかりの者(もん)や。長年の恨(うら)み、思い知れ!」
いきなり小女(こおんな)を突(つ)き倒(たお)すと、泣き叫ぶお徳を抱きかかえて、何処へともなく消えてしまった。
 数日後、お徳は変わり果てた姿となって、屋敷近くの道端(みちばた)で発見された。傍(かたわ)らに、血にまみれた凶器(きょうき)の石が転がっていた。
 罪もないのに、花も盛りの若い命を散らされたお徳を哀(あわ)れんで、人々はこの石を「お徳石(とくいし)」と呼び、その場に小さなほこらを作って冥福(めいふく)を祈った。この石は、雨が降ると、まるで血を流したように赤くなり、死んだお徳のこの世への思いが石に残っているためだと言われている。
 今では、十輪寺(じゅうりんじ)の境内(けいだい)に移され、ほの暗い木下陰(このしたかげ)に、青々と苔(こけ)むして、ひっそりと鎮(しず)まっている。


※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

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