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岸和田のむかし話5 津田川・城下周辺の話・(6)雨降りの滝(土生滝)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

 意賀美(おがみ)神社は延喜式内社(えんぎしきないしゃ)で、闇意賀美神(くらおがみのかみ)をお祀りしています。創建の年は明らかではありませんが、現存する手洗盤(ちょうずばん)には、天平4壬申(みずのえさる)年8月吉日と刻されていますから、たいへん古い歴史を持つ神社だとわかります。
 寛永年中、大旱魃(かんばつ)で、和泉の人々が苦しんだ時、岸和田藩領百八か村の百姓たちが社前に集まって一心に雨を祈ったところ、たちまちにして車軸(しゃじく)をながすような大雨となりました。
 「おお、雨や、雨や!」
 「助かった、ほんまに助かったなぁ」
 「ありがとうございます。
 雨降り大明神様、ありがとうございます」
 その後、毎年6月土用入りの日には、土生(はぶ)村・作才村・阿間河谷(あまがだに)中の者が、お神酒(みき)を献じてお祀りするしきたりになっています。今も近隣の人々から厚く信奉され、参詣の人が後を絶ちません。
 社域の内を津田川が流れ、高さ3丈(じょう)(10メートル余)の滝を雨降りの滝、神社もまた雨降り大明神の名で呼ばれています。
 社殿を包むように老木・大木が鬱蒼(うっそう)と生(お)い茂る照葉樹林(しょうようじゅりん)は、かつて人が斧(おの)をいれたことがなく、むかしのままの姿を留(とど)め、市の天然記念物に指定されています。


※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

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