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岸和田のむかし話5 津田川・城下周辺の話・(3)弁財天の松(本町)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

 むかしなぁ。
 土生(はぶ)の里に、天の女子(おなご)が舞姿(まいすがた)みたいなそれはもうええかっこの大(おっ)きな松の木があってなぁ、里の者(もん)は、この木の根かたに弁才天(べざいてん)の小(ちっ)さい祠(ほこら)をたてて、稲(いね)が実(みの)りぁ初穂(はつほ)を供え、春山に登りぁ若菜(わかな)供(そな)えて、大事にお祀(まつ)りしてたんやてぇ。
 ある年の秋。長雨が続いて、この里も大方(おおかた)の田ぁが泥(どろ)かぶり、育ちの悪い稲は息も絶(た)え絶(だ)えに呻(うめ)いちゃあった。男も女子(おなご)も子どもまでが、泥まみれになって、一生懸命稲起こしてる時、
「院(いん)(前(さき)の天皇)が熊野(くまの)にお詣(まい)りのため、当地をお通りになる。道筋(みちすじ)をよう整(ととの)えておけぇ」
 声高(こわだか)におがる役人の声が馬の蹄(ひずめ)の音に乗って聞こえてきた。
 「御乗物(おのりもの)が滞(とどこお)りなく通行なされたら、祖(そ)(稲税)・庸(よう)(労役)・減免(げんめん)のご沙汰(さた)もあろう。励(はげ)めよぉ!」
 「わぁーっ」
 と里人は喜んでたけど、里長(さとおさ)の保近(やすちか)は、真白(まっしろ)い眉根(まゆね)寄せ、ひとり思案(しあん)にくれた。
 「あと、十日しかあれへん。津田の川は、橋ぁ古(ふる)なって、土台もぐらついちゃある。この雨で流されてしもたらどないなるんや。えらいお咎(とが)め受けるにきまってるやんけー」

 保近(やすちか)が指揮(しき)とって、村じゅうの若(わっか)い者(もん)集め、橋の修理にかかったけどそれは思てた以上の難工事やった。溢(あふ)れどよめく川水は、千、万の狂(くる)た馬が駆けるよう。板1枚、杭(くい)1本も打てんまま、仕事はちっともはかどれへん。
 「この雨さえやめばのう・・・・・・・・・」
 身ぃも細る思いで願(ねご)たけど、3日経(た)ち、5日経(た)っても天地は暗く、毒矢のような雨、雨、雨―
 「間に合わぬ・・・・・・・・・」
 保近(やすちか)は、天を仰(あお)いで唇(くちびる)かんだ。

 「御行列は府中(ふちゅう)へお入りになったぞう。みなみな心してお迎(むか)えいたせぇ」
 役人の触(ふ)れ声が慌(あわただ)しく土生(はぶ)の里を駆(か)け抜(ぬ)けていく。
 「気ばれよう。縄(なわ)張れぇ、杭(くい)打てぇ」
声励まして保近(やすちか)がおがったとたん、橋がぐらっと傾(かたむ)いた。黒(くうろ)い水が一気に橋桁(はしげた)乗り越えた。
 「ああーッ」
 「あかなぇ、もうー」
 と、その時やった、雄叫(おたけ)び上げる川音ついて、弁財天(べざいてん)の御真言(ごしんごん)が人々の耳をうった。
 「おんそらそば ていえいそわか おんそらそば ていえいそわか 俺(おら)の命にかえて、この橋、ここに留(とど)めたまえー」
 保近(やすちか)が渦巻(うずま)く流れに身(み)ぃ踊らせた、と見る間もなく、流れくだった大木が、今にもおし流されようとしてる橋にひたと寄(よ)り添(そ)うて止まった。見りゃあ、まぎれもない里の松、弁財天(べざいてん)の大松や。
 -この橋、ここに留(とど)めたまえ-
 血ぃ吐(は)くような保近の声に、若(わっか)い衆(しゅ)は我(われ)にかえった。
 「橋、起こせぇ」
 「おう!」
 松を足場に、縄(なわ)引き、杭(くい)打ち、板並(なら)べ、ようよう橋をつなぎ止めた。
 が、保近の姿はどこにもなく、川下(かわしも)いったい、声限りに呼び、探しても、答える声はあれへんかった。

 やがてー
 院の行列は、何事もなかったように橋を渡り、貝塚へと進み行かれた。
 ゴー!!
 一瞬(いっしゅん)、雷(かみなり)が鳴りはためき、稲光(いなびかり)して橋が砕(くだけ)た。天高くたちこめる水煙の中に、のたうってるのは、なんと大(おっ)きな竜やないか。
 鎌首(かまくび)もたげて、ゆったりと泳ぎ出した竜の背に、五色(ごしき)の雲に包まれて弁財天(べざいてん)のお姿があった。そのたおやかな御腕の中に横たわる保近のむくろ・・・・・・・・・。
 「おお、里長(さとおさ)!」
 「保近(やすちか)どの!」
 いっせいにひれ伏した里人(さとびと)らが口々に唱(とな)える御真言(ごしんごん)のどよめきにつつまれて、竜と化した弁財天の松は、遙(はる)かなチヌの海へ流れ去ってしもたんやてぇ。
 これから弁財天(べざいてん)信仰(しんこう)がさらに深まり、後世(こうせい)本町の一里塚(いちりづか)に勧請(かんじょう)されてからも、弁天講(べんてんこう)が組織され、現在にいたっている。

弁財天の松の挿絵

「広報きしわだ」掲載


※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

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