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岸和田のむかし話5 津田川・城下周辺の話・(1)神於の蛇嫁(白原)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

神於の蛇嫁の挿絵

 むかしなぁ。
 神於山(こうのやま)のふもと、白原(しらはら)の里(さと)に、「しの」という、それはまあきりょうよしの女子(おなご)がいちゃってな。両親(ふたおや)は貧乏(びんぼ)な百姓やったけど、娘だけはどないかしてええとこへ嫁にやらな、と願(ねご)ちゃってんてぇ。
 ある、雨のしょぼつく夏の夜更(よふ)けのことや。青い素襖(すおう)(中世の武士が日常身につけていた装束(しょうぞく))を着た、ええ男が訪(たん)ねてきてな、雨宿(あまやど)りを頼(たの)んだんやし。
 それが縁(えん)で、男は毎日通(かよ)て来るようになり、やがて、しのを嫁に欲しい、と申し込んだんや。なにしろ向こうはりっぱな武士(さむらい)、しのの両親(ふたおや)はふたつ返事で承知したんやなぁ。

 祝言(しゅうげん)もめでとう済(す)んで、花嫁は武士(さむらい)の引く馬の鞍(くら)に揺(ゆ)られながら、山向こうのお屋敷へと、木立ちの緑に消えてしもた。
 ところが、それきり、しのから何(なん)の便(たよ)りもないんや。両親(ふたおや)は、どないしてるんやろ、と気ぃもんじゃって、こっちから訪(たん)ねてやらなと出かけたけど、山はどこまで行っても深(ふこ)うてそれらしい屋敷(やしき)はどっこにもあれへんかった。
山も小道にすすきがきらめく秋の日暮れどき。
 年(とし)のいたきこりが、お社(やしろ)の裏で、片っぽだけの草履(じょり)を拾(ひろ)た。赤(あっか)い鼻緒(はなご)の真新しい草履(じょり)や。今の今まで若い女子(おなご)がはいていたんやろか、白い素足(すあし)の匂(にお)いがまといついているようやった。
 きこりは、なんの気なしに、その草履(じょり)を背中の籠(かご)に入れて、帰りかけたんやてぇ。と、どこからか、すすり泣くような細(ほっそ)い声が聞こえてきたんや。
 お父(とう) 恋しい
 お母(かあ) 恋しい
 妾(うち)は 神於(こうの)の蛇嫁(へびよめ)や
 なんぼ泣いても
 もどられへん……

 歌(うと)てるのんは、なんと、さっき拾(ひろ)た草履(じょり)やないか。きこりは、「わぁっ」とおがって逃げ出してしもた。
 その晩、話を聞いた村の者(もん)は、手に手に松明(たいまつ)かざしてお社(やしろ)へ登った。
 「おおっ」
 しのの両親(ふたおや)は、草履(じょり)を見るなり、わなわなと震(ふる)た。
 「しのや。
 しのの草履(じょり)や」
 ゴーッ……夜風がほえて枝を揺(ゆ)すり、山は、たちまち時雨(しぐれ)たんやてぇ。
 お父(とう) 恋しい
 お母(かあ) 恋しい……
 あの若い武士(さむらい)は、神於権現(こうのごんげん)の使い番ちゅう大蛇(おろち)やってんな。あんまりええ女子(おなご)に生まれついたしのは、蛇(へび)にみこまれ、連れていかれてしもたんや。お父(とう)もお母(かあ)も、今は気も狂(くる)たようになって、
 「返せ、返せ、しの、返せ」
 声をかぎりにおがったけど、答える声はあれへんかった。
 しのの両親(ふたおや)は、せんど悲しんだあげく、山鳥になってしもてなぁ、今も、神於(こうの)の里を山の紅葉(もみじ)が火の色に染めあげるころになると、
 「しの、しの………」
 深い谷間から、血を吐くような山鳥の声が聞こえてくるんやてぇ。
 
「広報きしわだ」掲載


※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

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