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岸和田のむかし話10 十兵衛坂(稲葉)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

文 小南克巳(「花の会」理事・大阪支部長)

 むかし、東稲葉(ひがしいなば)の墓場の辺り(あた)りに大きな古狸(ふるだぬき)がいて、村人が亡くなりお葬式があると、その墓を掘り返して荒らし回っていた。しかし、古狸だけに誰も恐れて退治(たいじ)しようとする者はいなかった。
 この墓場の坂の下に、代々十兵衛と名乗(なの)る狩人(かりうど)の親子がすんでいた。
 母親は弱く、子の十兵衛を産むと直ぐに亡くなった。その時、父の十兵衛は狩りに出ていて留守だったので近所の者がお葬式(そうしき)をして墓をたてた。母の墓はその夜のうちに古狸に掘り返し荒らされた。戻った父の十兵衛は大層怒り、毎日のようにその古狸を探して追ったり罠(わな)をかけたりしたが、失敗ばかりでどうしても退治できなかった。 
 子の十兵衛は、真向いで、同じ頃生まれたおさとの母に乳をもらい、いつも二人一緒に懐(ふところ)に抱かれていた。乳離(ちちばな)れしてしばらく後、その母親も亡くなり困っていると、隣のおばばが二人をことのほか可愛がっていたところから世話してくれることになった。おばばは本当の兄妹のように育てたが、悪さをした時はひどく叱られ、時には一緒に木に縛(しば)られることもあった。成長するにつれて、十兵衛は父に連れられ狩りの手伝いをしながら、獣(けもの)を捕る術(すべ)を身につけ逞(たくま)しくなったが、夜はおさとと手をつないで眠った。
16になった年の春。あんなにやさしかったおばばが亡くなった。二人はおばばの傍で朝まで泣き明かした。が、葬式が始まっても十兵衛はいない。
「十兵衛はどこへ行た。あんなに可愛がってもろたのに」
「恩知らずなやっちゃ」
その夜、おばばを埋めた近くに親の種子島(たねがしま)(火縄銃(ひなわじゅう))を持ち出した子の十兵衛とおさとが座っていた。どんなことがあっても墓は荒らさせないぞ、と肩をいからせ、大きな目で辺(あた)りを睨(にら)む。
周りの木々が墨色になり、月明かりのない暗闇に包まれるようになると、十兵衛は、
―そろそろ来るんやないか―
―二人のおっかあからおばばの墓まで荒らされてたまるか。どんなことがあってもやっつけるぞ―
そのうちに、昨夜(ゆうべ)からの寝不足と疲れが一度に出て来た。
―いや、ここで寝たらあかん―
と、二人は励ましあうが、春の心地よい暖かさのため、いつの間にか目蓋(まぶた)が垂れ下がってくる・・・・・・。
―ガサッ―
小牛のようなものが動いた。はっとして見直したときには姿はなく、おばばの墓は荒らされていた。
 -何ちゅうこっちゃ。せっかく傍(そば)に居ながら眠ってとり逃がすやなんて。まだまだ修行が足りん。早(はよ)う親父(おやじ)のようにならんと―
 この日から、子の十兵衛は猟(りょう)の秘伝を習おうと必死になり、やがて鉄砲を持てば親より上だと言われるほどになった。その間にも幾つかの墓が荒らされ、そのたびに十兵衛親子はでかけたが、古狸を仕留めることは出来なかった。
 ある年の秋、親の十兵衛は風邪(かぜ)をこじらせて重い病(やまい)で寝込んでしまった。そうしたある日、子の十兵衛に言った。
 「この年で寝こんではそう長(なご)うないわ。死ぬまでにあいつを仕留めたかったのに、このままでは死にきれん」
 -おっかあからおばばの墓までやられたんや。親父(おやじ)までやられたらたまるか。きっとやったるで。うまいこといたら村の者(もん)も喜んでくれるわ―
 冬の木枯らしに混じって雪がちらつきはじめた頃、村外(はず)れに葬式があった。この日こそ待っていた時だ。
 「ええか十兵衛。まず、坂の上にある大きな松にのぼり、どんなことがあっても降りるな。真夜中に火縄に火をつけ、終わる頃まではどんなことがあっても引き金をひくな」
 「十兵衛さん、きっと仇討ってや」
 子の十兵衛は、親の言ったことを心の中で繰り返しながら、真っ暗な中を坂に向かい、松の樹に登って古狸を待った。
 宵のうちからちらついていた細かい雪はやんだが、下の方はおぼろにかすんで見えない。しばらくして足音が聞こえ、
 「おーい十兵衛、親父が急に悪なってきた。すぐいね」
 -なにい、そんなことあるかえ―
 と十兵衛は心の中でつぶやいた。
 しばらくするとまた
 「おっさんが死んだぞー。早(はよ)ういなんかえ」
 「十兵衛よー。おとうが息引きとった。早(はよ)帰り!」
 次から次と、隣の息子や村の仲間がやって来て十兵衛を急(せ)かした。
 -嘘(うそ)や、みんな嘘や、だまされてたまるかぇ―
 十兵衛は言いつけを守って樹から下りようとしなかった。
 火縄が燃えつきそうになった頃、
 「十兵衛さん、わたしよ、わたし・・・」
 と木に手をかけた気配(けはい)である。
―えーっ、お、おさとやないか。どないしょう。ほんまにおさとやったら・・・・・・・・・・・・、
えーい、南無阿弥陀佛―
思いきって引き金を引いた。

十兵衛坂の挿絵

―ギャーッ―
木の根方から、激しい獣(けもの)の叫びが聞こえた。
「おやじー、おやじー」
叫びながら、家へかけ込み、せがれの帰りをまっていた父とおさとに、今までのことを告げた。
「すぐ松明(たいまつ)持っていって木の下調べてみい。きっと血が落ちてるはずや、それを追え!」
 子の十兵衛は早速松明を灯(とも)して木の下へ行った。果たして親の言うとおり、薄雪(うすゆき)の上に血が飛び散り、坂の上の方へ点々と続いている。確かめながら追っていくと、墓場の山手にある上長池(かみながいけ)の辺(あた)りに、小牛ほどもある古狸が倒れていた。

 この後、墓を荒らされることはなくなった。人々は十兵衛親子に感謝の心をこめて、この坂を十兵衛坂と呼ぶようになった。


※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

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