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岸和田のむかし話1 星になった未弥(みや)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

文 足立俊

昔の生活風景の挿絵

 むかぁしー
 布(ぬの)引いたみたいな白(しいろ)い雲浮(う)いてる神於(こうの)の山からチヌの海まで、ずうっと広がる和泉の野(の)っ原(ぱら)は、すっくり荒れ野やってなぁ、あっちこっちの雑木林にゃぁキジ鳴いて、笹(ささ)っ原(ぱら)にゃぁキツネやシカも走ってたんやし。

 この辺りに広(ひいろ)い田畑(でんばた)作ろうちゅうて、里の者(もん)は一日(いちんち)じゅう鍬(くわ)ふるうてた。木の株起こしたり、石や土運んだり、いつ終わるやらわからへん、ほんまにえらい仕事の明け暮れやったんやてぇ。

 かげろうの燃えてる野(の)っ原(ぱら)で、泥(どろ)だらけになって働く人らの中で、そらぁきりょうのええむすめがおった。未弥(みや)いうて開墾(かいこん)の指図(さしず)してる里長(さとおさ)のひとりむすめや。未弥(みや)の仕事ちゅうたら、大(おつ)きな釜(かま)に白湯(さゆ)沸かして、みんなの苦労をねぎらうことやった。毎日、薪(まき)割り、柴(しば)刈り、ちょっとの間(ま)ぁもかまどの火ぃ消さんようにせんならん。煙にむせて、顔も手ぇもすすだらけや。それでも、
 「未弥(みや)の湯ぅは、ほんまにうまいわ」
 「生き返った心地(ここち)や、おおきに」
 みんなの悦(よろこ)ぶ顔がうれしゅうて、未弥(みや)は毎日いっしょうけんめい働いてた。
 けど、だんだん開墾(かいこん)が進むと、雑木林は姿を消すし、思うたようには柴(しば)も手に入らへん。
 ある日、未弥(みや)は負籠(おいこ)背おうて岡山まで足のばした。ここらはまだ森も林もむかしのままで、枯れ枝やら柴(しば)ならなんぼでも取れた。雑木林を抜けたとたん、未弥(みや)は、はっと立ちすくんだ。
 「ソーリャ!ソーリャ!」
 力の入った掛(か)け声(ごえ)がする。見たら、赤土の丘のふもとに、目もとのすっきりした若い者(もん)がひとり。大きな黒牛(くろうし)に綱(つな)引(ひ)かせ、一心に木の株(かぶ)起(お)こしてるんやし。人も牛も力いっぱい気ばってるけど、大地に根ぇおろした大株(おおかぶ)はぴくりとも動けへん。未弥(みや)は、なんや切(せつ)のうて黙(だま)って見てられへんかった。思わず駈け寄って株(かぶ)に手ぇかけ、いっしょうけんめい引っ張った。

木の株起こしの挿絵

 「あー」
 若者はびっくりして未弥(みや)を見つめた。
 「手伝(てつと)うくれるんか。すまんなぁ、もう一息(ひといき)なんや。たのむわなぁ。」
 ガキッー
 ようやっと株(かぶ)掘(ほ)り起(お)こしたとたん、ふたりともどすんと尻(しり)もちついてしもた。男は、ふうふういいもって、未弥(みや)の肩(かた)たたいた。
 「俺(おれ)は美登呂(みとろ)、お前は?」
 「未弥(みや)」
 「お前、柴(しば)取りにきたんか。
今度は俺(おれ)が手伝(てと)ちゃるわな」
 鎌もって立ち木の枝切り落とし、見てる間ぁに山ほどの柴(しば)積み上げた。
 「ほな、行こか。お前村までおくっちゃろ」

美登呂と未弥の挿絵

 柴(しば)の山を振り分けにして牛の背に積むと、未弥(みや)をその上に座らせて歩き出した。
 道々、美登呂(みとろ)は笛吹いた。まあ、なんちゅうええ音色(ねいろ)やろ。笛の音(ね)は男のやさしい言葉になって未弥(みや)の胸にしみとおった。牛の背(せ)に揺られ揺られてる間ぁに、いつか未弥(みや)の里やった。
 
瓜を食べる未弥と美登呂の挿絵

 次の日、未弥(みや)がまた岡山へ行ったら美登呂(みとろ)は丘のふもとで待ってた。金色の陽(ひ)が若者の頬を染(そ)めた。
 「畑うつのん手伝(てた)わして」
 「よっしゃ。後(あと)でまた柴(しば)集めちゃるわな」
 ふたりは西日が海へ傾(かたむ)くまで働いた後(あと)、丘の草むらで一息(ひといき)ついた。
 「初物(はつもん)の瓜(うり)や、食うてみ。うまいでぇ」
 「おおきに。半分こにしょ」
 未弥(みや)が瓜(うり)切ろうとすると、
 「そんなん切ったらあかん」
 あわてて美登呂(みとろ)が止めた。
「横に切り。縦(たて)に切ったら水の種が裂(さ)けて大水が出る。里の田畑(でんぱた)ぁみんな水浸(みずびた)しになってしまうんや。お前かて溺(おぼ)れて死んでまうぞ」
 「ほんま?」
 未弥(みや)は思わず笑(わろ)たけど、言われたように横に切り、半分ずつ食べた。とろけるように甘(あま)かった。
「この瓜(うり)、里(さと)の者(もん)がだれでも食えるようにせんならん。それが俺(おれ)の仕事なんや。畑耕し、種蒔(ま)いて、百も千も実(み)ぃとって・・・・・・」
 「えらいなあ、がんばってぇ」
 別れる前、未弥(みや)は記念に瓜(うり)の種を一個袖(そで)ん中にとっといた。
 それからちゅうもの、未弥(みや)と美登呂(みとろ)は毎日みたいに会(お)うた。はじめのうちは、お互い仕事の分け合いもし、助け合いもしてたけど、逢瀬(おうせ)の短さ嘆(なげ)くようになると、もう仕事は手につかなんだ。日がな一日(いちんち)ただ見つめ合い、手ぇとりおうて遊び暮らした。長い夏も終わりに近づくと、ススキの野辺(のべ)にアカネがいっぱい群れ飛んだ。

 ある晩遅(お)っそに、未弥(みや)は、流れ寄る笛の調べに胸つかれて目ぇ開けた。
 「美登呂(みとろ)・・・・・・」
 いつになく哀(かな)しげな音色(ねいろ)やった。
 未弥(みや)は激(はげ)しく胸騒(むなさわ)ぎして暗い夜道を走った。
 丘のふもとにひとかたまりの雲がわいてる。その雲の上に黒牛連(つ)れた美登呂(みとろ)が立っちゃあった。
 「美登呂(みとろ)」
 「未弥(みや)」
 たった一言(ひとこと)呼び合う間(ま)ぁもなく、雲は天高う上(のぼ)りだした。美土呂(みとろ)の姿は見る見る小(ち)っちゃくなって、笛の音(ね)だけが微(かす)かに空から聞こえてくるだけや。
 「未弥(みや)よ。
 俺(おれ)は天帝(てんてい)の子。天(あま)の川(がわ)に棲(す)む牛(うし)飼(か)いの星や。
 新しい土地拓(ひら)く里の者(もん)を助けぇと遣(つか)わされてきた。
 美(うつく)しいお前を知って、思わず我(わ)が身の役目を忘れ、天帝の怒(いか)りをこうて天へもどされた。
 けれど、新しい土地に瓜(うり)千個、みごと実(みの)らせたら、天帝の怒(いか)りが解けるかもしれん。お前の手で一町歩(ちょうぶ)の畑(ひら)拓いて千足の草鞋(じょり)埋(う)め、その上に瓜の種を蒔(ま)いてくれ。つるが伸び、天に向かうのを見たら、羽衣(はごろも)身にまとうて昇(のぼ)ってきておくれ。
 その日まで、俺(おれ)の犬にお前を守らせよう。
 七日、七日に笛吹いて、お前と語ろう。その晩は、きっとここへ来て天を見ておくれ。
 七日、七日に。
 七日、七日に・・・・・・」
 間もなく笛の音は消えた。未弥(みや)は、うつろな目で空を見上げた。
 ―来年の七月七日には、また逢える。七月七日には・・・・・・―
 天の声はあまりに遠く、あわれにも未弥(みや)は聞き違(ちが)えた。七日(なのか)、七日(なのか)に語り合おうと美登呂(みとろ)がいうたのを、七月七日に、と・・・・・・一年にたった一度の逢瀬(おうせ)と思い込んでしもたんや。それでも未弥(みや)はうれしかった。
 ふと気ぃつくと、未弥(みや)の手はいつの間(ま)にやら一袋(ひとふくろ)の瓜の種としろがね色の糸束(いとたば)をにぎっちゃあった。

 
 帰る道々、どっからともなく子牛ほどの白犬が現れて未弥(みや)の後(あと)からついてきた。
 未弥(みや)は、父の里長(さとおさ)にたのんで、丘のふもとに小(ち)っちゃい機屋(はたや)たててもろた。そこにひとり寝起(ねお)きして、昼間は慣(な)れぬ手ぇで鍬(くわ)ふるい、日ぃ暮れたら、休む間ぁもなく機に向かって羽衣織った。忠実な白犬(シロ)は片時も傍(そば)離れんと未弥(みや)を守った。

機を織る未弥の挿絵

 冬になった。神於(こうの)の山のモミジも色あせ、葛城(かつらぎ)の山が雪かぶった。身ぃ切るよな寒風に吹かれて、未弥(みや)は指から血ぃ流し、一日(いちんち)も休まんと機織った。
 もうひとつ、せんならんことがあった。草鞋(じょり)や。千足(せんぞく)と言やぁちょっとやそっとでは集まるもんやない。足りん分は機織(はたお)りの合間(あいま)に藁(わら)打って、自分で作った。一足(いっそく)作るたびに、それだけ未登呂(みとろ)に近づける、そんな思いに辛(つら)さ忘れた。戸の外では天の笛がしきりに呼んでるのも知らず、ただ一心に縄なった。
 「七月七日、七月七日に未登呂(みとろ)と逢える…」
 長い長い冬が過ぎ、やっと拓(ひら)いた一町歩(ちょうぶ)の畑。千足の草鞋(じょり)を一足(いっそく)また一足(いっそく)、ていねいに埋(う)めた。一粒(ひとつぶ)、一粒(ひとつぶ)、心をこめて種蒔(ま)いた。
 やがて五月雨(さみだれ)が降ると瓜の実は芽ぇ出し、葉も広がった。つるは伸びて、白(しいろ)い花さいた。小(ち)っこい実(み)もいっぱいになった。
 「もうじき七月七日、はよ羽衣(はごろも)織りあげて未登呂(みとろ)のとこへ…」
 しかし、未弥(みや)は知らなんだ。春一番の大嵐が吹き荒れた晩、子持ちのキツネが草鞋(じょり)片っぽ掘り出して、巣穴の中へくわえ込んだことを…

 天(あま)の川(がわ)がゆうらりと夜空流れる季節になった。七月七日の夜やった。瓜のつるが天に向かってぐんぐん伸びた。先っぽはもう天に届いたよに見えた。未弥(みや)は軽(かーる)い羽衣(はごろも)を身にまとい、素足のままで畑に立った。
 「ああ、一個足(た)れへん」
 まあ、なんちゅうこっちゃろ、瓜の実(み)はなんぼ数えても千個に一個足(た)らんのや。千個なかったら神さんの許しは受けられへん。
 ―どないしょう、どないしょう―
 夜(よ)が明けた。一つ、また一つ、星が消えた。
 未弥(みや)は、思い切って瓜のつるを登りはじめた。白犬(シロ)も後(あと)に続いた。けど、つるはやっぱり天に届かなんだ。あと、瓜一つ、草鞋一足(じょりいっそく)ぶん伸びんかったんや。
 未弥(みや)のすぐ目の前に天のお宮の門があった。シロが激しく吠えたてた。

天のお宮の門を前にする未弥の挿絵
 
 「未登呂、未登呂!」
 血い吐くように、声ふりしぼって呼んだけど、天の扉(とびら)はひっそりとただ静まってるだけや。
 陽(ひ)は、高う高うのぼり、瓜(うり)のつるはもう縮(ちぢ)みはじめてた。天のお宮は見る見る遠くなってしもた。
 夏が終わり、もう天の川も見えんようになったけど、未弥(みや)は日ぃ暮れるたびに空見上げた。なんぼ耳すましても未登呂(みとろ)の吹く笛は聞こえず、はぐれ星がたまに流れちゃあ消えるだけや。ひとつ、ふたつ、またひとつ。
 きゅうに白犬(シロ)が狂たように吠え出した。未弥の着てる物(もん)くわえて引っ張った。
 「どないしたん?シロ」
 その時、何やらまあるいもんが袖(そで)から地べたにこぼれ落ちた。星明りにちかっと光ったのをよう見ると、瓜の種やった。未登呂(みとろ)と瓜分け合(お)うて食べた後、袖に入れて忘れちゃあった種や。
 「そや、もう一ぺん、これ蒔(ま)いて・・・・・・」
 未弥は頬(ほお)輝かした。
 冬じゅう、未弥は草鞋(じょり)探して何度も何度も遠くの村まで足のばした。小屋にこもって藁(わら)うった。縄なう手の血まめがつぶれ、できた草鞋(じょり)も赤(あこ)なった。
 遅(おっそ)い春待ちかねて、畑耕し、血だらけの手で種蒔(ま)いた。
 ―はよ大っきくなってよ。
 今度こそ天のお宮に届くほどつる伸ばして、うちを連れてってぇ、未登呂のとこへ・・・・・・―

 和泉(いずみ)の国いうたら、あんまり雨の降らんとこやけど、この年はひどいもんやった。 田植えすました頃(ころ)からのかんかん照(で)りに、川も池も干上(ひあ)がってしもた。
 未弥(みや)の畑もからからで、瓜の葉ぁも黄ばみ、つるもよう伸びんと、今にも枯れそうやった。
 未弥(みや)は一日に三度も五度も神於(こうの)の山まで行き帰りして、岩場の湧(わ)き水竹筒(たけづつ)に汲(く)んで、畑の瓜に水やった。
 そないにして、やっと一個の瓜(うり)がなった。けど、七月七日の晩になっても、つるはやっぱり伸びへんかった。
 ―もうあかん。うちは天へ上(のぼ)られへん―
 未弥(みや)は泣きもって実ぃもいだ。シロを連れて丘に登った。
 頭の真上、瀬音(せおと)聞こえるかと思うほど近く、天の川が流れてる。
 「未登呂(みとろ)」
 未弥は未登呂に話しかけた。
 「今年とれたん、これ一個だけやってん。また一緒に食べよ、半分わけして。」
 ―大水やでぇ、縦(たて)に切ったら。お前かて溺れて死んでまうぞ―
 どつかれたように未弥(みや)は立ち上がった。
 ―水がでたら・・・・・・
 田ぁも畑も生き返る、里の人ら悦(よろこ)ぶやろ。
 うちは・・・・・・うちは、どうなったかてかめへん。
 切ろうっ、この瓜、縦(たて)に切ろ!―
 未弥(みや)は震(ふる)える指で瓜割った。
 「ああ・・・・・・」
 その裂(さ)けた瓜から、どどっと水が噴(ふ)き出(だ)した。後から後からきりもなく、ふくれた水は川となって、狂(くる)た馬みたいに和泉の野を駆け下った。
 そのとき、未弥(みや)は、懐(なつ)かしい笛の音(ね)を聞いた。川の面(おもて)に星一つ。強く光った。牛飼(うしか)いの星、未登呂(みとろ)の星や。
 「ああ、未登呂(みとろ)!」
 未弥(みや)は、いとしい人の名を呼びながら、激しい流れに身ぃ呑(の)まれた。

激しい流れに飲み込まれた未弥の挿絵

 天かき曇(くも)って、降りだした雨の中に、哀(かな)しいシロの鳴声(なきごえ)が長く長く尾を引いた。
 天帝(てんてい)は未弥(みや)をあわれみ、天に上げて七夕星(たなばたぼし)にした。シロもまた名ぁもない星になった。やっと許してもろた牛飼い星と七夕星は、天(あま)の川(がわ)の両岸に別れて住んで、カササギが橋架(か)ける七月七日、年に一度のはかない逢瀬(おうせ)に命を燃やすんやし。
 今でも、冴(さ)えた夏の夜空を見上げる人々の耳に、未弥(みや)を呼ぶ未登呂(みとろ)の美しい笛の音(ね)が遠く流れてくるんやてぇ。


※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

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