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報道発表 岸和田市史史料第9輯 熊沢友雄日記(4) 明治十五(一八八二)年~十八年』刊行しました

印刷用ページを表示する 2011年12月29日掲載

概要

 『熊沢友雄日記』は、幕末期の岸和田藩士であり、維新後は堺県会議員、同副議長、大阪府会議員、南・日根郡長などを歴任した熊沢友雄の日記で、嘉永5(1852)年から明治28(1895)年まで、ほぼ全期間にわたって記述されています。
 江戸から明治へと大きく時代が移り変わる中で、岸和田に生きた人物の生の証言にあふれたきわめて貴重な史料であり、平成20年度より活字化して順次刊行しています。今年度は、明治15年から明治18年までを刊行します。

詳細

 熊沢が生きた時代は日本史を画する一大変革期であり、『熊沢友雄日記』には、幕末・維新期の相次ぐ政治・制度の変革や社会の変化の様子、それに対する熊沢の感懐などが記されています。その他、日常生活の食事、娯楽、親類・友人等との交流など些細な出来事も多く記され、当時のくらしぶりがよく伝えられています。
 本書記載期間は熊沢が府会議員、次いで南・日根郡長として地方行政の要職にあった時期にあたり、公務に関する記事も少なくありません。明治期の地方行政の要職にあった人物が記した一次史料として、岸和田の地域史のみならず、日本近代史の研究史料としても重要です。日記の主な内容は次の通りです。

  1. 自由民権運動 全国的に民権運動が高揚した明治15年、熊沢は大阪に本部を置く近畿自由党(後、立憲政党)と深くかかわり、岸和田で自由党副総理中島信行らを弁士に招いて演説会を開くなど、岸和田地域における民権運動の展開が知られています。また、板垣退助が岐阜で暴漢に襲われ負傷した(「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだ事件)後に大阪へ来たことについての記事もあります。
  2. 玉葱と水なす栽培 泉州名産品となる玉葱栽培を始めた坂口平三郎が自宅近くに設けた土生新田植物試験場を南・日根郡長であった熊沢が視察した記事があります。水なす栽培は明治初期に上之郷(泉佐野市)で始まったといわれていますが、本書明治17年8月2日条に熊沢が親類から水なすを贈られたという記事は、水なすの文献上の初見の可能性があります。
  3. 郡長としての活動 和歌山県との漁場紛争、旱水害等災害時の現地視察、士族授産事業の推進、管内小学校の定期的な巡視、徴兵検査の状況、コレラ病流行の状況など郡長の公務にかかわる記事が多くみられます。
  4. 民間習俗 七月下旬に「住吉戻り湯」(住吉大社の神輿を洗った海水が潮流によって岸和田に着き、それに手足をつければ利益があるとされた)で海浜部が賑わったこと、八月末~九月初旬の盆踊りの記事では、男は女装、女は男装して夜を徹して岸和田城下各地で行われていたことなど、現在では行われなくなったり、あるいは様相が異なっている民間習俗についても記されています。
  •  B5判 230頁 1600円 送料340円
  • 1月4日(水曜日)より郷土文化室にて頒布。
  •  郵送を希望される場合は、代金と送料を現金書留、または郵便小為替にて郷土文化室までお申し込みください。2冊以上の場合の送料はお問い合わせください。送料は切手も可。

本件に関する問合せ先

郷土文化室(電話:072-423-9689)