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岸琴泉(きしきんせん)?~1875

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

 岸琴泉は、名を蔵六または長太郎といい、江戸時代末期の岸和田村の庄屋で、文人画家でもありました。琴泉は画号です。ほかに桐斎・行恭・伯敬などとも号しました。
 琴泉は絵を浦上春琴に学び、特に山水画をよくしました。現存する彼の作品は全て山水画です。一方、頼山陽の門下生として儒学を学び、山陽は文政8(1825)年と同12年に岸和田を訪れていますが、いずれも岸家に宿泊しています。また嘉永6(1853)年に岸和田を訪れた吉田松陰とも面会しています。琴泉は幕末の激動の時代に文人墨客との交流が深く、岸和田や泉南の文化人たちと京都の文化人たちとの仲介者的な人物でした。

岸琴泉筆「山水図」の写真岸琴泉筆「山水図」(郷土資料館蔵)

岸琴泉の墓の写真岸琴泉墓(宮本町正覚寺)


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