ページの先頭です。 本文へ
現在地 トップページ > 組織でさがす > 総合政策部 > 広報広聴課 > 風物百選 74 積川酒造工場付近

本文

風物百選 74 積川酒造工場付近

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載
積川酒造工場付近の水彩水彩 長瀬庄衛

 岸和田駅から、牛滝方面行きバスにゆられて約40分、上稲葉バス停で下車。すぐ右に折れて行けば、狭い道路が南北に走っている。これが昔の本街道であった。道路に沿って、信貴酒造工場と本宅が同じ屋敷内に建っている。面積15,000平方メートルはあろうかと思われる広大な屋敷である。本宅は今から200年余も以前の徳川時代の建造物だそうだ。積川町では唯一の草葺屋根の建造物で、永く保存したいものである。
 信貴家が酒造業を始めたのは、現在の当主から五代前のことである。徳川末期に、庄斎という理財に長じた先祖が創業し、清酒「豊稔」として広く世に売り出され、現在に至っている。夕暮れ時にこの道をよく散歩するが、酒蔵を眺めるたびに、子供のころが思い出されて懐かしい。毎年11月ごろになると、但馬から杜氏(とうじ)がやってきて酒造りの準備にかかる。それが終われば、いよいよ本仕込みに入る。仕込まれた米こうじが発酵する時期ともなれば、何人かの杜氏が大きな酒だるの上にあがり、長いさおを持って、仕込み歌をうたいながら攪拌(かくはん)する。冬の夜空に流れてくるその仕込み歌をまるで子守歌のように聞きながら、安らかな眠りについたものである。今も、こうした歌声が聞こえるのが、うれしい。
 屋敷の前を流れる水路は、稲葉町の農地を養う唯一の水路である。幼いころ、この水路でよく水遊びをしたり、シジミ貝、小魚取りに興じたのも古き良き思い出である。また、付近の主婦が毎日のすすぎ、洗濯、入浴の水にもよく利用したものである。この水路は井戸端会議の場所でもあり、人情味豊かな心の交流の場所でもあった。今ではこうした情景が見られなくなってしまったのは、寂しいかぎりである。

文 中原正亀

資料

 酒蔵が並び、土塀がつづき、昔ながらの落ち着いた景観を残している。また、酒造場の奥から信貴本家を眺めると、緑の山を背景に、くさぶき屋根の居宅と、白壁の蔵が調和し、みごとなものである。

交通

 バス停上稲葉から南西150メートル。
※ 大変残念なことですが、ここに紹介されている酒造場は平成11年、廃業されました。


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。


Danjiri city kishiwada