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風物百選 69 竹林

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

竹林の日本画日本画 黒崎千鶴

 昔は雪が多かった。竹は雪の重みで頭を下げる。その下を草履を懐に素足の学童が学校へ急いだ。春が近づくと、台所の明かりとりに作られた天井の一角、天窓にも、竹は雪を払い落として姿勢を正す。やがてタケノコの季節がやって来て村に活気がよみがえる。早朝、家族ともども竹林にタケノコ掘りに出かける。土入れをした竹林の土のあちこちに地割れが見え、その部分が少しぬれている。土の中でタケノコがきばっているのである。サッと打ち下ろした唐鍬(とうぐわ)に手応えがあって、タケノコが掘り上がる。山家のかじ屋が打った手なれの唐鍬は、掘り味が良い。
 我が家の記録では3月18日に初荷を出している。子どもや女たちがタケノコを拾い集め16貫のかごがいっぱいになると、水を含めたこもをかぶせて小屋に運ぶ。押し切りで株の切り口を整えて荷づくりが出来上がると、まず腹ごしらえをして市(いち)に出す。
 昔は、岸和田や堺あたりの午後の市に間に合うように運ばなければならなかった。肩引き車のかじ棒を握るものと引き手は、走るようにして町へ向かう。腰の袋に入れたはじき豆をかみかみしながら急いだものである。
 運搬の足元は確かに便利になった。タケノコの掘りたてを10キロ入りのダンボールに詰めて、富山県農協へ直送するようにもなった。加工も盛んで、和泉地区で一斗缶にして100,000缶(内岸和田が40パーセント)の生産も出来るようにもなった。しかし、1年のうち二ヶ月しか生産出来ない自然の拘束や、新やぶ開墾の適地が少ない土質の制約もあって、働き手は町へ流れる一方である。竹林の手入れも、愛情こまやかに、というところまでいかず、土地はやせ、タケノコは質量ともに減って来ている。この悩みは、将棋を指しながらも頭からは消えない。

文 小口桂裕

資料

 岸和田の丘陵部から山間部にかけて、みかん山と競合するように竹林がひろがっている。その多くは孟宗竹で、筍の市が立ち、缶詰加工も行われている。


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。


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