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風物百選 67 酪農風景

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

酪農風景の油彩油彩 藤本正男

 昭和4年、三田町の九戸の農家が乳牛を飼いだした。これが岸和田市での酪農の始まりである。当時は旧市内や春木町に専業牧場があって、その子牛を農家が育てたりしていたが、白黒まだらの乳牛は珍しかった。農耕用の黒い和牛の全盛時代であったからである。
 この昭和4年はまた、世界各国が大恐慌に巻き込まれた年である。なかでも日本の農家の受けた打撃は大きかった。最悪になった昭和6年の農業収入は、5年前の昭和元年に比べると、4割にまで落ち込んでいる。今よくいわれている不況などというような、なまやさしいものではなかった。
 こんなさなかに酪農が開始され、昭和7年からは牛乳の処理販売まで着手している。乳しぼりは共同搾乳場で行い、石炭をたいて高温殺菌した。瓶は今のものよりもう少し細長く、王冠でふたをし、家庭への配達も午前と午後の2回であったと記憶している。
 しかし本格的に市内の農家に乳牛がひろまったのは昭和20年代からで、最高に達したのは戸数では昭和32年の280戸(735頭)、頭数では37年の896頭(150戸)である。もちろん府下の酪農の中心をなしていて、牛舎から出た牛が夜中に村のなかを散歩しても、公害などという人もいなかった。牛乳の処理販売も組合で行われ、工場が岡山町にあって活況を呈していた。現在この工場は隣の和泉市に移り、日本屈指の規模に発展している。
 最近は住宅が増え、専業農家は減り、わずかな大型酪農家だけが残った。そのため「酪農風景」は貴重な存在になっている。だが牛乳にまさる食品はない。これをふんだんに飲めるようにするには、この「酪農風景」を守っていかなければならない。それにはみんなの理解と協力が何よりも大切である。
 
文 和田一雄

資料

 都市近郊の畜舎で飼われる酪農として、古い歴史をもつのが旧山直地区で、府下での一中心地となっており、耕牛が耕運機にとって変わられても、乳牛の飼養は営々と続けられている。

交通

 バス停小倉から東500メートル


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。


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