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風物百選 53 泉州のタマネギ

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

たまねぎ畑の油彩油彩 仲村一男

 土いじりの好きな人たちとともに畑を借りて、3年前まで、タマネギや豆などの野菜や花を作っていた。畑は粘土質で、泉州の気候はタマネギづくりによい。秋には細くて頼りなかった苗が、春には若者のように空に突き立って伸び、青い葉の根元では、タマネギが太く育っていく。大槍の穂先のような青い葉が黄色くなり、自然に倒れてタマネギが現れる6月に、収穫の時を迎える。
 前の年が不作だったと聞いて、丹精こめてつくったら、その年は売りに歩けるほど取れた。豊作で悲鳴をあげたり、安値にがっかりしたり、小ぶりのときは、丸ごと煮込む料理考えたりした。タマネギづくりの畑で会う人びとと、いろいろなことを話し合ったのも懐かしい思い出である。借りていた畑は、葛城中学校の校庭にかわり、当時の人たちと会う機会もほとんどない。
 先日、葛城中学校付近を歩いてみた。畑には取り残された数本のタマネギが白い花をつけている。畑の隅の小屋の中をのぞくと、枯れた葉をくくって晩生のタマネギが、段々に重ねられつり下げられていた。「つりタマネギの申し込みは?」と、消費生活研究会の米川さんから電話がかかり晩生のタマネギはつって保存する、ということを教えていただいたことがあった。
 いつか、狭くてもいいから、苗間を10センチほど空けて2列に並べ、敷きわらの上に肥料をどっさり置いて、晩生のタマネギを作りたい。とりたての甘さは格別。残りを軒につるして、冬の初めのころまで楽しむ。
 今年の秋にも、苗屋の店先にたくさんの早生や晩生のタマネギの苗が売られていることだろう。600本の苗を植えた時もあった。
 もう一度作りたい、泉州はタマネギの本場でもあるのだから……。日当たりの悪い庭を見つめて嘆いているこのごろである。

文 松崎美智子

資料

 明治15年ごろ、坂口平三郎が全国ではじめてたまねぎを栽培した。以後、泉州一帯に稲作の裏作として、たまねぎ栽培が広まり、輸出されるまでになった。しかし、昭和40年以降は、生産量が減り、37年には606ヘクタールあったものが、56年には60ヘクタールになっている。


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。