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風物百選 28 沼天神

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

沼天神の油彩油彩 田中宏

 岸和田駅から線路に沿って北へほんの少し歩くと、広いにぎやかな通りをそれて、天神様へのガードがある。ガードは古ぼけた赤れんが造りで、天井からレールや枕木がむき出して見える。線路の土手も、肩に積まれた石垣も、あたりに生い茂る雑草も、昔日そのままの風情である。頭上をごう音を響かせて列車が通過した一瞬、母の手を握りしめた幼い日の記憶が鮮やかによみがえる。
 それは幼稚園から小学校にかけての年ごろであったと思う。貝塚から藤井町の実家へ帰る母に連れられ、私はよくこの道をたどった。母はそのころ、はやりのひさし髪に結っていた。「勉強の神さんや、賢うなるようになあ」と言いながら、懇ろにお参りを済ませると、側に横たわる大きな石の牛と、自分の体のあちこちを交互になでてはお祈りするのが常であった。痛いところや苦しいところを身代わりしてくれるのだと教えてくれた。幼友達、お針仲間のことなど、思いつくまま楽しげに語る母にとって、この界わいは思い出の凝集の場であるらしかった。
 天神さんとのかかわりは、このころでポツンととぎれるのだが、今から十五年ほど前、この地に住むようになってから、天神様は私にとってまた身近な存在になった。ここには、道真公の外に十二柱の神が合祀されていて、産土神(うぶすながみ)としての創建は後村上天皇の世にさかのぼるという。そして百五十年ぶりの本殿造営が、戎殿ともども昨年、無事完工された。
 天神さんは、時の流れとともにこうして衣がえしながらも、一方こけむした鳥居やこま犬、境内に茂る大木や神牛、崩れかけた一部の玉垣は、古い記憶の中の姿のままで現在も息づいている。ガードに続くこの辺りのたたずまいからは、今も童歌が聞こえてきそうに思われる。ここにはやさしい母のふところにも似た安らぎがある。いつまでもこのままであってほしいと、ふと思う私である。

文 野中美津子

資料

 正平17年(1362年)沼の邑長(むらおさ)沼氏の先祖が、京都から八坂牛頭天王を勧請して、まつったのがはじめと伝えられる。旧沼間荘-旧沼野村、野・沼・別所・藤井と、沼からわかれた並松(旧新屋敷)を氏地とする。社地は、沼氏の邸祉とみられ、平安時代のかわらも出土する。

交通

 南海本線岸和田駅から東へ200メートル


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。


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