ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 組織でさがす > 広報広聴課 > 風物百選 19 岸和田旧港

風物百選 19 岸和田旧港

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

岸和田旧港の油彩油彩 奥野敏治

 岸和田は、城下町にふさわしい表玄関、港を持っている。
 現在のように埋め立てられていなかった昔、浜辺に立って眺める景色は胸のすくような爽快さがあった。砂浜の続く海岸では、朝早くからねじり鉢巻きを締めて「エンヤコーラ、ヨイショ」と、威勢よく網を引く漁師の姿があった。網が砂浜に近づくにつれて「ヨイショ、ヨイショ」の掛け声が早くなり、引く腕にも一段と力が入る。引き揚げられた網からは、跳びはねる小魚が現れた。空を写したような朝なぎの水面を破って、打瀬船が「ポー」と汽笛を鳴らして港を離れていく。夕暮れには、大漁ののぼりを立て、日を背に帰る港は一段と活気にあふれ、にぎやかになっていた。
 大阪湾特有の、和泉風という強い西風の吹く中を貨物船が波止場に入り、岸壁に船舶が透き間なく並ぶと、荷揚げ作業が始まる。
 腹掛けにまたひき、地下足袋を着け、印ばんてんを羽織った沖仲仕が、てんびん棒を担ぎ、棒の両端につるしたざるの綱を両の手で軽く握り、身体を斜めにしてリズムをとりながら、ゆらゆらゆれる桟橋に調子を合わせ、軽やかな足どりで石炭やバラスを運ぶ。運んでは、ざるに盛られた石炭やバラスを巧みな手さばきでひっくりかえして、小山のように積み上げていく。まるであやつり人形のような動作であった。
 荷揚げ作業の終わった船着場には小山が幾つも並び、鬼ごっこ、かくれんぼと、子供たちの楽しい遊び場となった。
 航海安全を守る海神を祀った浪切神社が、昭和初期の築港造成時に、灯台のあった現代の地に移された。港で働く人びとは、灯をあげて祈願し、職場に急いだのであった。
 時代は荷役作業をてんびん棒からクレーンに変えた。荷馬車が行き交った道は大型自動車が走っている。昔のような情景は消えたが、今もたくましく働く人たちのいる港が岸和田にはある。

文 横山美津子

資料

 約180年前、魚ノ棚川(古城川)尻に、アシ原を掘って防波堤を築き、船入場としたのが、岸和田旧港の最初である。その砂を積みあげた所を天保山といったようである。

交通

 南海本線岸和田駅から北西900メートル


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。