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風物百選 13 杉江能楽堂

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

杉江能楽堂の日本画日本画 池淵 昌子

 杉江能楽堂は、杉江櫻圀が岸和田藩最後の城主岡部長職公の深い理解と社中の協力を得て設立したもので、現存する民間のものとしては、大阪府下最古の能楽堂である。
 明治23年、岡部公は岸和田入国250年を記念して、能楽を催そうと、杉江櫻圀に御下命されたが、岸和田城能舞台は、廃藩置県の際に泉南郡蟻通神社に献納されていたので、城内に仮設舞台を設け、東京から櫻間金太郎、京都から大江又三郎、茂山千五郎等の諸師を招き、演能された。これが契機となって城内の一郭に岸和田城能舞台の橋懸(はしかがり)を賜り、大正6年、建立をみた。
 能舞台完成の際、長職公自ら「國華」と揮ごうされたが、その雄こんな筆致は額となり、舞台に独特の風格を添えている。京都西本願寺国宝の能舞台の形式を踏まえたひなびた舞台は、前庭の白洲と地植えの松と相まって、四季を通じて趣深く、見るものを感動させる。長職公はお国入りの度に、この舞台で一日、謡曲を楽しまれた。昭和42年に改築したが、新しい鏡板(かがみいた)は、日本美術院院友樋口富麻呂画伯の筆に成る気品高いものである。この改築を記念して長職公嫡子長景公は、85歳の高齢ながら「和楽全」と揮ごうされ、見所に掲げてある。
 戦前、舞台の数が限られていたころは京都、大阪の高名な先生方がこの舞台で舞われ、京阪神地方の数知れぬ愛好者が楽しまれた。ことに特筆すべきは、戦前まで学生能を催し、旧府立岸和田中学校、旧府立岸和田高等女学校の生徒たちが能楽狂言を鑑賞したことである。その能楽堂がこの度、日本建築学会から「明治以降の建築物としては、価値ある遺構だから、大切に保存すべきである」と全国2000件の一つに選定された。岸和田市の誇りである。泉州地方唯一の能舞台である杉江能楽堂が、地方能楽文化の殿堂として果たしてきた役割は、実に大きい。

文  谷口 たね

交通

 南海蛸地蔵駅から北420メートル


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。


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