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風物百選 06 岸和田祭り

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

岸和田祭りの切絵きりえ 烏野 賢一

 空腹の青春なれど失わず
   祭り太鼓に夢打ちきざむ
 空腹の青春といっても、今の時代に通ずるかどうか。昭和20年私の19歳の年である。日本は太平洋戦争で負け、ただ生きんがための食糧を探し求めた悲しい時代であった。
 復員して久々に聞く祭り囃子と地車の雄姿にただジーンとする感激を覚え、心身共に飢えた生活の中で、地車祭りは、生きがいといってよかった。祭りを待つ楽しみ、何もかも忘れて祭り二日間に燃えつくした。
 「文化」が問い直されている今日、郷土文化として岸和田ほどこの祭りを大切にしている土地は少なかろう。祭りの終わった翌朝には、もう、来年度の年番や地車責任者が決まり、備品一切が引き継がれて、新しい計画が始まる。町の人々も一年間、せっせと働いて、祭りの費用を月掛けで町費として納める。私たちは、単に参加するのではなく、一人一人が主催者となり、「岸和田祭りは、日本一だ」と信じて疑わない。
 町の人と人のつながりも祭りだけのものではなく、毎日の生活にも浸透している。だから、祭りの組織も、古くから人間の一生に合わせて都合よく作られている。よちよち歩きの幼児から老人に至るまで、世代をこえて握る一本のだんじりの引き綱に、ふるさとを持つ喜びを味わうのである。

文  前河 三郎

資料

 280年の伝統を誇る岸和田祭りは、元禄年間、時の岸和田藩主岡部長泰(ながやす)公が、五穀豊じょうを祈願して行った稲荷祭りが、その始まりといわれる。9月14日・15日(注:現在は敬老の日の前日と前々日に変更されています)、約4トン・長さ4メートル、総けやき造りの各町のだんじりが、数百人にひかれて、町中をかけまわる。豪華な彫刻が各町自慢である。

交通

 南海岸和田駅または蛸地蔵駅下車。


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。