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風物百選 21 阪南港

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

阪南港の油彩油彩 森田 博

 「みなと」――それは、淡い響きをもった言葉である。私たちの心に郷愁を誘うためであろうか。それとも、ロマンを呼び起こすためであろうか。
 日本は四方を海に囲まれ、古くから港を中心に栄え、港とのつながりが深い。そのために港への愛着があり、人それぞれに港に対するイメージを持っている。だが、単に「港」といってもさまざまである。種類や機能など種々の形態があり、その地域の特性に応じた役割を担っている。
 寛政3年(1791)に、漁船避難の目的で古城川じりのアシ原を掘削し、これに防波堤を築いて船入り場として利用したのが、岸和田港のはじまりである。
 こうした古き、良き港を背景に、岸和田は泉州地域の中心として活況を呈した。明治29年の統計資料によると、岸和田港の主な取扱品目は、石炭、薪、綿、木材などで、それらの取引額は111万5千円とされている。
 現在の港湾形態の整備が進められたのは、昭和30年の初期のことである。それ以後も埋め立て造成が進められ、昭和43年には岸和田港、忠岡港、貝塚港の統合により「阪南港」が誕生することとなった。
 阪南港自体は新生の港湾である。しかし、それぞれには歴史や伝統がある。阪南港はこれらの歴史や伝統を引き継ぎ、大きく飛躍することが期待されている。海上輸送の拠点というだけでなく、夢やロマンを運ぶためにも……。

文  名倉 稔

資料

 昭和43年4月、岸和田・貝塚・忠岡港を統合して開港、重要港湾に指定される。(岸和田漁港区域を除く)

交通

 バス停船津橋下車


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。


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