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岸和田藩が所蔵した書籍について(ミニ岸和田再発見第22弾)

印刷用ページを表示する 2016年3月7日掲載

岸和田藩が所蔵していた書籍は「岸和田藩文庫図書目録」(鬼洞叢書)で知ることができます。収録される書籍は、1,131点、12,357冊。「本朝食鑑」の出版を支援した三代藩主長泰や「重訂本草綱目啓蒙」を刊行した九代藩主長慎の影響からか蔵書に占める医書の割合(244点、2,170冊)が突出しています。この文庫がどこにあったかは知られていませんし、明治以降文庫がどうなったのか不明のままでした。以前(2014年9月)この文庫についての情報を掲載しましたが、その後判明したことを含めて再度紹介します。

和泉書院から出版された四元弥寿著「なにわ古書肆(こしょし)『鹿田松雲堂 五代のあゆみ(しかだしょううんどうごだいのあゆみ)』に収録された二代目の手記に「税所子爵家(さいしょししゃくけ)より貴重なる多数の唐本類等買約のことあり(中略)唐本其他にも奇書珍籍頗る多く、佐伯文庫、岸藩文庫等の蔵印のあるものなど当時稀に観るもの極めて多し」とあり、「明治32年1月同業間で入札が行われ全国から来会多く盛況なり」と書かれています。前回は、ここから全国に散逸したと書きましたが、この時に入札されたと思われる本(四冊)が早稲田大学図書館に所蔵されていることがわかりました。

杜樊川集 序文のページ 「岸和田藩文庫図書目録」の「杜樊川集」が掲載された部分

 本は、「杜樊川集(とはんせんしゅう)」四冊です。晩唐期の詩人杜牧(とぼく)、号は樊川(はんせん)の漢詩文集です。図版は「岸和田藩文庫図書目録」の「杜樊川集」が掲載された部分と早稲田大学図書館に所蔵される「杜樊川集」の第一冊目の序文の頁です。四つの蔵書印(鵬北菴記、不二蘆、岸藩文庫、文星家蔵)が捺されています。鵬北は税所篤(さいしょあつし)の号であり上記二代目の手記の内容を裏付けています。税所篤は、西郷隆盛、大久保利通と共に三傑と並び称された薩摩出身の重鎮で、西日本各地の県知事・県令、元老院議官、枢密顧問官等を歴任しました。堺県知事(明治3~4年)、県令(明治4~14年)時代には、県師範学校・医学校・堺版教科書の発行などの教育行政や、港湾改修、堺博覧会などの商工業振興のほか、浜寺公園の開設などの先進的な県治を行い、経済振興と福利厚生の充実ぶりは他県の模範とされました。

これらの本を取り扱った鹿田松雲堂は、幕末より続く古書店であり、質・量ともにすぐれた書籍の提供を通じて著名な文人と交流を深めるなど、大阪の学術・文化の拠点でもあり、数多くの書籍を出版したことでも知られ、土屋弘の「孝經纂釋(こうきょうさんしゃく)」や「晩晴樓文鈔(ばんせいろうぶんしゅう)」も鹿田松雲堂から出版されています。同じく二代目の手記には、「税所子爵家の書庫は一路居士の旧跡で、三百年間続いた寺を税所氏が買い取り、当時大鳥大社に居た富岡鉄斎氏の薦めで文庫として整備した」と書かれています。この寺については、一路山禅海寺として和泉名所図会に故事が収録されています。