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東北地方太平洋沖地震の被災地へ派遣されていた緊急消防援助隊が市長へ報告

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2011年3月22日掲載

 3月11日(金曜日)~15日(火曜日)、東北地方太平洋沖地震の被災地に緊急消防援助隊の大阪府隊「岸和田第1次派遣隊」として派遣されていた市消防本部職員7人(消火部隊4人、救急部隊3人)が、市長に派遣状況の報告を行いました。

岸和田派遣隊の写真です

 緊急消防援助隊は、阪神・淡路大震災で、応援部隊の初動・編成・活動などに関する規定やマニュアルが整備されておらず、主に指揮統制や運用面で多くの課題を残したことを教訓に、2004年に法制化されました。
 被災地の消防力では対応困難な大規模・特殊な災害の発生に際して、消防庁長官などの要請により出動し、現地での災害活動を行います。

 7人は地震が発生した3月11日(金曜日)の午後8時ごろ本市を出発し、13日(日曜日)未明に岩手県遠野市に到着。同日午前7時に災害活動予定地である岩手県上閑伊郡大槌町に向けて出発しました。
 大槌町は太平洋に面した大槌湾を有し、今回の地震による津波で大きな被害を受けたところです。津波で流された漂流物などで最後は車での乗り入れが出来ず、隊員たちはバール、チェーンソーなどの機材を背負い、約3キロメートルを歩いて、ようやく町内へ入ることが出来ました。

 13日正午ごろから、本格的な災害活動を開始。14日(月曜日)の午後8時ごろまでに、大阪府隊として69人(内生存者1人。岸和田隊の救出者1人〈生存者なし〉)を救出し、岸和田第2次派遣隊と交代し、本市に戻りました。

市長報告の写真です

 派遣隊の代表として市長へ報告した消火部隊隊長:樋口隆宏警備司令は、報告の中で「範囲の差はあれど、太平洋沿岸部一帯はすべて壊滅状態だった」と繰り返し、自然の脅威を感じさせました。
 災害活動中も余震が続き、電気系統の故障のため津波の危険性があるかどうかの情報も入らない中で、まさに命がけだったということです。
 現地では今も懸命の災害活動が続いていますが、樋口警備司令は「私たちには、愛する岸和田を守る使命があり、いつまでも被災地に留まることはできない。後ろ髪を引かれる思いだったが、第2次派遣隊に後を任せて現地を離れた」と重い口調で語りました。

 野口聖市長は「この度の被災地での派遣任務、ご苦労様でした。報道を通じて、府下の消防職員の活躍を拝見させて頂きました。厳しい現実に直面することが幾度とあったでしょうが、その中でも、救助された方がいたとニュースを聞いた時は、皆さんの活動に感謝の気持ちで一杯になりました。」と隊員たちを労いました。

 市では、特例市災害相互応援に関する協定に基づく水戸市への救援物資の送付や、市営住宅での被災者受け入れなど、今回の地震の被災地への支援を行っています。
 また、被災地への募金・義援金の受け付けも引き続き行っています。お預かりした募金、義援金は日本赤十字社を通じて被災地へお届けします。市民の皆さまのご協力をお願いします。(3月11日の東北地方太平洋沖地震への募金・義援金、救援物資などの受け付け


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