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春木中学校のレンガ塀―100年近く地域を見守る赤い塀―

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年12月29日掲載

 春木中学校(松風町)の周囲を囲むレンガ塀は、在学・卒業生を問わず、地域の人にとって親しみのある存在となっています。

春木中学校のレンガ塀

 このレンガ塀の一部が最近、傾きが生じてきただけでなく、手で押せばぐらつくなど、いつ倒れてもおかしくない危険な状態になっていました。そのため12月25日(金曜日)に、その部分約10メートルを取り壊すことになりました。

取り壊されるレンガ塀

 春木中学校は、元は大正時代初期に作られた岸和田紡績春木工場の跡地に立っています。レンガ塀はこの工場を取り囲むものとして建てられました。このことから、レンガ塀は当時、岸和田にあった日本有数の煉瓦会社、岸和田煉瓦株式会社(岸レン)製ではないかと言われていましたが、確認されていませんでした。

 そこで市郷土文化室では、この取り壊しを機会にその真偽を確かめるために、レンガ塀を調査しました。すると、塀に使われていたレンガの表面に岸レン製を示す「×」マークが刻印されており、岸レン製であることが確認されました。

岸レン製のレンガ(中央に×が2つある)

 レンガ塀は、およそ100年にわたり地域の人たちを見守ってきました。かつてはあちこちで見られたであろう岸レン製のレンガ塀。岸レンがあった場所(並松町にある入浴施設「スパ・リゾート・リバティ」駐車場)に復元されたものがありますが、建てられたままで残っているのは、市内で確認されているのは春木中学校の他に1カ所あるだけです。

 これからも地域のランドマークとして、過去から現在、そして未来へとレンガ塀を受け継いでいきたいものです。

岸和田でのレンガ製造…明治時代に岸和田藩の藩士、山岡尹方(ただかた)により始められた。岸和田煉瓦のレンガは岸和田の質の良い土を石炭の強い火力で焼き上げるため、高品質で耐久性のあるものとされ、旧山口県庁舎(国重要文化財)や同志社女子大学ジェームス館の校舎など日本各地で使われている。山岡尹方がキリスト教徒だったことから、レンガには十字架をあしらったクロス「×」が刻印されていることが知られている。現在、岸和田煉瓦製のレンガを目にできる場所は非常に少なくなっている。


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