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三好実休の碑

記事ID:[[open_page_id]] 更新日:2009年3月3日掲載

三好実休の碑の写真

 戦国時代の武将、三好実休。兄の長慶が幕府の実権を掌握して畿内を支配した時、三好氏の本拠である阿波国のほか讃岐・河内などを治めて三好政権の一翼を担いました。弟の十河一存が岸和田城主となって和泉を支配しましたが、当時紀州の畠山高政などが河内・和泉への進出をはかり、三好氏と対立していました。永禄4年(1562)久米田寺付近で実休を総大将とする三好軍と畠山軍の合戦となり、実休は流れ矢にあたって戦死、三好軍の敗北となりました。

住所 大阪府岸和田市小松里町

交通 JR阪和線久米田駅下車徒歩15分

三好実休の碑の地図