岸和田市市制施行100周年記念誌
SPECIAL INTERVIEW41ページ

記憶の糸を紡ぎ、誰かの心に残したい 塩田千春さん

永く愛着を持ち続けて欲しい
岸和田にある、多くの記憶が詰まった宝物たち。

塩田千春さんの画像 撮影ロケ地:自泉会館

自泉会館や実家の部屋、すべて記憶が詰まった宝物

岸和田を離れてからずいぶん経ちますが、岸和田の実家には私の部屋がまだ残っていて、高校卒業まで使っていた机があります。幼いころの私はごく普通の少女でしたが、近隣に絵画教室があり、そこへ通ううちに絵描きになりたいという夢を持ちました。成長するにつれ心の居場所を求めてさまよい、葛藤しつつ過ごしました。私の基層的な感覚の多くはここ岸和田で育まれたものです。

土地や暮らしを、記憶の糸で表現「不在のなかの存在」と呼ばれる作品

令和4年(2022)5月現在、ドイツのベルリンに住んでいますが、ロシアのウクライナ侵攻で、家族・友人、地縁もないなか、大勢の難民がポーランドを経由して、ベルリン中央駅に集まりました。ドイツのボランティアが難民を受け入れ、歓迎する光景が印象に残っています。家族や土地を分断される事態は決して許されるものではないですが、一時的な避難場所として選ばれたドイツの地で新しい繋がりが増えることにもなりました。繋がり合う人々の記憶を糸に例えると、それは複雑に絡み合い、そして、忘れることのできない思いの強さも個人や家族さまざまに存在します。

椅子があれば、座る人を想像することができるように、旅行かばんや、おもちゃの家、鍵なども誰かの記憶の糸が絡まっている…。個人の持ち物でなく、家族や地域の関係性が強い「家」ならなおさらです。私の作品を〝不在のなかの存在〞と言う方がいますが、それは土地や暮らしなどに宿る、記憶という存在感を糸で紡いで表現した作品だからだと思うのです。

このすばらしい建築の自泉会館もそうですが、岸和田には多くの人の記憶の詰まった宝物があります。著名な建築構造物はもちろん、自宅にある当たり前の家具などもまた、どうぞ皆さん、永く愛着をもって欲しいのです。

市制施行100周年記念事業として開催された自泉会館の個展は「Home to Home」というテーマ。令和2年(2020)のマドカホールでの個展では、地元小学生からの「私の大切なもの」というテーマでの図画を集め赤い糸で絡ませましたが、その延長線上にあるかもしれません

現代アートに関心がない人も足を止めて考え、何かを感じることができる。そのような作品をめざしています。マドカホールでの個展が盛況で、「何やわからんかったけど、おもしろかったわ」と見た人が素朴な感想を残してくれたことはうれしかったです。これからも私は「生きることは何なのか」「存在とは何か」を探求し続けます。そして岸和田の若い世代の人たちにとって芸術の世界がさらに広がりますように。

Profile

塩田 千春さん(しおた ちはる)
昭和47年(1972)生まれ。岸和田市出身、ベルリン在住。平成27年(2015)第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館代表作家として選出後、ヨークシャー彫刻公園、K21-ノルトライン・ヴェストファーレン州立美術館ほかでの個展、シドニー・ビエンナーレ、キエフ国際現代美術ビエンナーレなどの国際展にも多数参加。
佐藤千春さんと、自泉会館での個展の画像 令和4年(2022)に開催された自泉会館の個展では、制作アシスタントとして岸和田在住・在勤の7人が参加。会期中は35人がスタッフとして盛り上げた