山岡春(やまおかはる) 1866~1964
印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載
山岡春は、近代岸和田の女性運動指導者として活躍した女性です。筑後柳川藩の下級藩士の家に生まれ、大阪に出て梅花女学校(今の梅花学園)に入学、在学中にキリスト教信者となり、卒業後、岸和田出身の牧師山岡邦三郎と結婚しました。
春は大正五(一九一六)年、城内小学校に雨天運動場建設を求める母親たちの運動をきっかけに「母の会」を結成し、「母の会」はやがて岸和田婦人会へと発展しました。また日本基督教婦人矯風会や愛国婦人会などでも活躍し、大正八年には大阪で開かれた第一回全関西婦人連合大会の座長を務めるなど、岸和田のみならず関西地方の女性運動のリーダー的存在となりました。
山岡春の写真(山岡家蔵)
母の会旗竿頭(山岡家蔵)
