新島襄(にいじまじょう) 1843~1890
印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載
同志社大学の創始者として有名な新島襄は、明治11(1877)年7月、元岸和田藩主で米国留学中にキリスト教信者となった岡部長職(ながもと)からの依頼を受け、岸和田へキリスト教伝道に訪れました。以後、同志社の学生や外国人宣教師たちも伝道活動を展開し、岸和田にキリスト教が広まり、明治18年には泉州で最初の教会である岸和田教会が設立されました。
岸和田煉瓦会社を創立し地元産業振興に大きな功績を残した山岡尹方(ただかた)、戦前法学界の第一人者となった松波仁一郎など、新島の薫陶を受けて、岸和田から各界で活躍する人物を多く輩出しました。また、新島は女性に対する伝道や教育にも熱心で、こうした精神は、大正デモクラシー期の岸和田で女性運動が活発になる要因ともなりました。新島が岸和田を訪れたのはわずかに三度でしたが、岸和田の近代的発展に大きな影響を与えました。
参考文献
『新島襄と山岡家の人々』(2001年、岸和田市立郷土資料館)
『岸和田市史』第4巻(岸和田市 2005年)
新島襄肖像(同志社大学社史資料室蔵)
