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中村一氏(なかむらかずうじ) ?~1600

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

 中村一氏は、豊臣秀吉の家臣で、天正十一(一五八三)年に岸和田城主に任命されました。その頃、紀州の根来寺は泉南地方に勢力を伸ばし、今の貝塚市あたりまでその勢力圏内にありました。天正十二年三月、秀吉は徳川家康との合戦に尾張国へ出陣しますが、秀吉留守中の大坂を攻めるため根来寺の大軍が出陣してきました。しかし、岸和田城周辺で一氏軍と合戦となり(岸和田合戦)、一氏は少ない兵力ながら岸和田城を守りぬき、根来寺軍を退却させました。翌天正十三年三月、秀吉は根来寺を攻撃するため岸和田城に入り、瞬く間に近木川沿いに林立していた根来寺の出城を落とし、根来寺を焼き討ち、根来寺の勢力が泉州から一掃されました。その後、一氏は近江国水口城 (滋賀県甲賀市) 主、駿河国駿府城(静岡市)主となり、関が原合戦の直前に病没しました。

参考文献
 『戦乱の中の岸和田城―石山合戦から大坂の陣まで―』(岸和田市立郷土資料館、2004年)
 『岸和田市史』第3巻(岸和田市 2000年)

中村一氏像の写真中村一氏像(東京大学史料編纂所蔵)

中村一氏感状の写真中村一氏感状(鳥取県立博物館蔵)