ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 組織でさがす > 広報広聴課 > 岸和田のむかし話7 牛滝川周辺の話・(3)酢壷池(岡山)

岸和田のむかし話7 牛滝川周辺の話・(3)酢壷池(岡山)

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

 むかしなぁ。
 藤(ふじ)の花のええ匂(かざ)する久米田池の土手を、思案(しあん)しぃもって歩いている男がいちゃった。惣平(そうへい)いう池の端(はた)の若(わっか)いも者(もん)やけど、里長(さとおさ)に言いつかって難波(なにわ)へ文(ふみ)を届けに行った帰りや。取石池(とろすいけ)(高石市)辺りで、白(しいろ)いもやの中から出てきた怪(けった)いなお爺(じい)から、
「久米田池の主(ぬし)に渡せ」
 ちゅうて、何(なん)も書いてへん、びっしょびしょの文(ふみ)を預(あず)かったんやし。何(なん)やもう気持ち悪(わる)て、こんなもん、はよ捨(ほか)いしゃろ、思たけど、わけわからん力に引っぱられて、とうとうここまで来てしもたんやなぁ。
「これこれ、どないしたんや?」
 不意に声かけたんは、見も知らん旅の坊(ぼん)さんや。破(やぶ)けた衣(ころも)は着てるけど、仏(ほとけ)さんみたいに品(ひん)のええお顔やった。わけ聞いて、その文(ふみ)を見たとたんに、さあっと顔色変えはって、
「えらいこっちゃ。お前を食(く)てまえ、て書いちゃある。
 この文句(もんく)、書き変えちゃらな」
 坊(ぼん)さんは、草の葉むしって、その汁(しる)で何やらさらさら字ぃ書いて、
「よっしゃ。これでええ」
 いうて、文(ふみ)を返すと、どこやら去(い)てしもたんやてぇ。

酢壷池の挿絵

 惣平が月明りの池に向こて手ぇたたくと、白衣赤裳(びゃくいあかも)をまとたええ女子(おなご)が出てきて、文(ふみ)を読むなり、藤(ふじ)の花が咲きこぼれるように笑(わろ)た。
 「取石池(とろすいけ)の主(ぬし)から、お前をようもてなしちゃれ、いう文(ふみ)や。妾(うち)と一緒に、おいで」
・・・・・・女子(おなご)に手ぇとられて、池の中へ入っていくとな、まあ、立派(りっぱ)なお屋敷(やしき)や。青畳(あおだたみ)敷(し)いた結構(けっこ)な部屋(へや)でなぁ、何(なん)ともかんとも言われんええもてなしをしてもろて、知らん間(ま)ぁに3日も経(た)ってしもたんや。
 帰ろ、とすると、女子(おなご)は小(ち)っちゃい壷(つぼ)をくれて、
「これは、なんぼでも酢(す)の出てくる宝(たから)の壷(つぼ)や。妾(うち)や思(おも)て、大事(だいじ)にしてな。めったに 壷(つぼ)ん中見たらあかんでぇ」言うたんやてぇ。
里(さと)へ戻(もど)ってみると、どうや、あれからもう3年も経(た)っちゃあった。それから惣平(そうへい)は、壷のおかげで、見てる間(ま)ぁに長者になって、大(おっ)きな屋敷を建て、玉女(たまめ)ちゅう別嬪(べっぴん)の嫁さんもろて、幸(しあわ)せにくらしたんやてぇ。
 惣平の酢(す)は、ほんまにええ酢や、いうて評判になってな、これから、和泉(いずみ)のあっちゃこっちゃで酢造(すづく)りが盛(さか)んになったんやなぁ。

 ある冬の晩のことや。
 惣平は、うかっとして壷(つぼ)の中を覗(のぞ)いてしもた。そこには金の目ぇ光らせた白い蛇(へび)がとぐろをまいちゃあった・・・・・・と、蛇の姿は見るみるあの久米田池の女子(おなご)に変わってなぁ、その顔は、なんと、まぎれもない玉女(たまめ)やないか。

 「なんで約束破ったの。妾(うち)は、もうここにいてられへん。」
 玉女(たまめ)は、長い黒髪(くろかみ)ふり乱(みだ)し、暗(くうら)い外の雪の中へ、溶(と)けこむように消えてしもた。
 「堪忍(かんにん)や、玉女(たまめ)、待たんかぇ!」
 玉女、玉女・・・・ 惣平は裸足(はだし)で後追(あとお)うて、せんど尋(たん)ね回(まわ)ったけど、女子(おなご)の姿はどっこにもあれへんかった。
 惣平(そうへい)が、泣きもって壷を捨(ほか)した古池が、酢壷池(すつぼいけ)いうてなぁ、昔のままに男の涙(なみだ)をいっぱい溜(た)めて、今ものこっているんやてぇ。

「広報きしわだ」掲載


※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。

「岸和田のむかし話」一覧はこちら

「岸和田のむかし話7 牛滝川周辺の話・(4)牛滝山(大沢)」へ