岸和田のむかし話7 牛滝川周辺の話・(1)葛城仙人(大沢)
むかしなぁ。
葛城(かつらぎ)の山深(ふこ)うに、「小鹿(おじか)」ちゅう、山伏(やまぶし)がおった。生国(しょうごく)はどこやらようわからんが、若(わっか)い時分(じぶん)、諸国(しょこく)を巡(めぐ)り歩いてるうちに、行き倒(だお)れて死にかけてるとこを、名ぁも知らん貧乏(びんぼ)なお婆(ばあ)に助けられ、それからこの辺りに住むようになったんやてぇ。
それから、まあ、何十年……険しい山を歩き、野に伏(ふ)し、滝にうたれ、きびしい修業を積んできたけど、なかなか念願の通力自在(つうりきいじざい)ちゅう仙人(せんにん)にはなれんかった。
小鹿(おじか)は、ようひとりで草笛(くさぶえ)吹いた。それが言うに言われんええ音でなぁ、小鳥がいっぱい周りに集まってきて、ピチピチチュンチュク鳴いたんやし。
ある年、えらい日照(ひで)りが続いて、和泉(いずみ)の国はどこもかしこも川ちゅう川は干上(ひあ)がって、田ぁも畑も焼けただれ、馬にやる水かてあれへん有様(ありさま)やった。
「雨降らせちゃりたい。あの里、救うちゃりたい」
高(たっか)い崖(がけ)の端(はた)で、小鹿(おじか)は身もだえしもってつぶやいたけど、急にかぁっと目ぇむいて、びゅうすけ行場(ぎょうば)へとんでった。
ここには、山じゅうの水集めて、わずかに流れ落ちる滝があった。小鹿は岩場(いわば)に座(すわ)って落ち水にうたれ、何も食わず、
「どうぞ、雨降らせて」
と、ただただ仏(ほとけ)を念じたんや。
三日めの朝。生死(いきしに)の境(さかい)さまようてる小鹿の前に、大日如来(だいにちにょらい)が現れて、
「小鹿(おじか)よ。この瓢箪(ひょうたん)持って、里の空へ飛んで行け。
その中には雨の種が入っておるゆえ、ひとしずくだけ落とすがよい。かまえて、二(ふた)しずくと落としてはならぬぞよ」
て、言いはった。
はっと目ぇ開けると、いつの間(ま)にやら、小鹿の手ん中に可愛(かい)らしい瓢箪(ひょうたん)がひとつ。
小鹿(おじか)はえろう喜んで、這(は)うようにして崖(がけ)っぷちへもどった。
下ぁ見おろすと、朝焼けに赤(あっか)く染まったふもとの里は、死んだようにひっそりと静まっちゃある。
「救うちゃりたい、あの里を。俺(おら)、どないなったかて……」

小鹿(おじか)は目ぇつぶって崖(がけ)からとんだ。と、どや、小鹿の体は空の真(ま)ん中(なか)にふわふわと浮いてるやないか。周りには、雲かと見まちがうほどの鳥たちが、バッサバッサと激(はげ)しく羽(はね)打(う)ち、鳴いてるんや。
「ああ、あそこや。俺(おら)の里や」
小鹿(おじか)が瓢箪(ひょうたん)かたむけると、たちまち雨が降りだした。
「わぁっ、雨や、雨や!」
躍(おど)り上がって喜ぶ里人(さとびと)の声。小鹿(おじか)はもう嬉しゅうて、嬉しゅうて、
―よその里にも雨降らしちゃらな―
と、西へ飛んではポトリ、東へ飛んではポトリ、瓢箪(ひょうたん)の水落として回ったけど、我(わ)が里(さと)へもどった時、ふっと気ぃがゆるんだんやろか、
ポトッ、ポト……
うかっと二(ふた)しずく落としてしもた。
一瞬(いっしゅん)、ドドーッと天も地も震(ふる)た。えらいこっちゃ。山も崩(くず)れるかちゅう大雨や。
―しもたわぇ。どないしょう、どないしょう―
おろおろしてる小鹿の耳に、
「キャーッ」
と、おっとろしい悲鳴(ひめい)が聞こえた。
見りゃあ、狂(くる)たように流れくだる牛滝川(うしたきがわ)に、何やら赤(あっか)いもんが浮(う)き沈(しず)みしてる。
「女の子や!」
小鹿(おじか)は夢中(むちゅう)で川ん中へ、まっさかさまに飛び込んだ。女の子の袖つかんで岸へほうり上げたと同時、逆(さか)まく波が小鹿を呑(の)んだ。
それから小鹿(おじか)の姿を見た者(もん)はだあれもおらん。そやけど、ここらの里人(さとびと)は、小鹿を「葛城仙人(かつらぎせんにん)」て呼び、和泉(いずみ)の国の守り神さんや、言うて、今も語り伝えてるんやてぇ。
「広報きしわだ」掲載
※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。
