岸和田のむかし話12 月のしずく(尾生)
文 藤田保平
むかしもむかしも、どーっと昔の話や。
村の外れに宮の岡があって、その宮の岡のねきの、ちょぼっと生えてる竹薮のとこに、じさまとばさまが住んじゃあった。
ばさまは朝起きて、裏の井戸端で顔洗いながら、
「朝めしに芋汁しょうか」
ていうた。
じさまは、
「ほな、ひと株掘ってくらえ」
いうて、とん鍬(が)かたげて宮の岡の裾(すそ)廻って、田芋の植えちゃあるとこい行て、団扇(うちわ)の倍もあるよな田芋の葉をかき上げて見て、腰が抜ける程びっくらした。田芋の根株のとこい、小指の半分程の女の子がチョコッと座ってんじゃ。じさまは恐る恐る這(は)いずって覗(のぞ)き込むと、その女の子はパッチリした眼をしっかり見開いてニコッと笑う。じさまもつられてニコッと笑(わろ)た。
じさまは左の掌(てのひら)に乗せて、右手でちょうどローソクの灯(ひ)をかばうようにして、ほらもう大事に大事に、そろっと家まで戻って来て、朝飯のこしらえしてるばさまに、
「おい、えらいもん授かった」
ばさまもびっくらして、
「どないしたんなら?」

これこれこうやとじさまが説明したら、ばさま涙をこぼして喜んで、
「こら、天からの授かりもんや、大事に大事に大(お)っきしょ」
さあ、そこまではよかったんやけど、なんせ小指の半分程の女の子。ふとんに寝さすていうても、もし、うっかりして踏(ふ)み潰(つぶ)しでもしたらどむならん。また、ふとん着せすぎて息つめられたらかなわんし、そうかちゅうて棚(たな)の上いでも置いて落ちたら可哀想。ひょっとして、鼠(ねずみ)にでも喰(く)われるよなことあったらなお可哀想。じさまとばさま、ああでもない、こうでもないちゅうてせんど思案した揚句(あげく)に、いっかきに紐(ひも)つけて、天井(てんじょう)からぶらさげることにした。ふとんは取り敢(あ)えず、手拭(てぬぐい)をいくつにも折って、敷ぶとんと掛ぶとんにして、やれやれこれでひと安心。そやけど、この子に何を食べさいたらよかろ?てまた心配。
「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」
て、じさまとばさま。田芋掘りに行て授かった子やさかい、「芋の子姫」て呼ぼかて相談まとめて、ああじゃこうじゃて楽しんで育てたんや。
この芋の子姫、不思議なことにお月さんが円(まる)うなると、ぷくっと大きなるんや。この家い来てから3べん目のお月さんが円うなった晩に、じさまの膝の上い、ちょこんと座らいてもろて、ニコニコしちゃった芋の子姫がにわかに、
「水を大事に、池に満水」
ていうた。じさまとばさま、今までひと言も喋(しゃべ)ったことのない芋の子姫がものをいうたんで、びっくらして、
「今、何ていうた?」
「水を大事に、池に満水」
いうてる意味よう判らんけど、なんせ初めていうたこっちゃ。
「いう通りせえ、いう通りせえ」
て、あくる日から水を大事にして、じさまはちゃっちゃと池へ水を張るように段どりした。
村のもんら、
「この冬のさ中に池い水張ってどないすんなら、春になったらヘドつく位雨降んのに」
て笑(わろ)てるけど、
「ほやのう」
て、じさま、そんなことに取り合わんとちゃっちゃと仕事したんや。
それから2へんお月さんが円(まる)うなったんやけど、芋の子姫はきゅっとも喋(しゃべ)らんとニコニコの毎日やった。
いっつもの年やったら、また雨かえていう時分になって、一粒の雨も降らん。村のもんら青なったけど、じさまのお陰で苗代(のしろ)もでけて田植もでけた。
お月さんが円(まる)うなるたんびに、ぷくっと大きなる芋の子姫。田の稲が青々となる時分には、田んぼ巡(まわ)りするじさまの後にひょこひょことついて歩くよになった。ついて歩いてるさ中に、
「虫送り、虫送り」
ていうた。2度目の喋(しゃべ)りや。前の事もあるさかい、芋の子姫を抱えると、じさま飛んでいんで、村のもんらに、
「今夜、虫送りやど」
ていうといて、ちゃっちゃと松明(たいまつ)のこしらえしたんや。村のもんらも、
「けったいなじさまや」
ていいもって、みなこしらえして、日の暮れんの待って、村中の田の畦(あぜ)を松明(たいまつ)に火つけて、
「ムーシ送り、虫送り」
て唄(うと)て歩き廻った。
その年の秋は今までにない程仰山(ぎょうさん)に米がとれて、村のもんら大喜びやった。けど、近所の村ら可哀想なもん。水が無(の)うて田植出来んとこい、やっとこせ植えた稲が根虫やウンカに喰われて散々のてたらく。
それから後も、「嵐が来る」「霜が降(お)りる」「雷が落ちる」「大雨が降る」……て、村のもんらにとって有難いことを、ちょこっと喋(しゃべ)るだけで、後はニコニコ。可愛らしい娘になり、美(うつ)つくしい娘になっていったんや。
それだけやないんや。ばさまのすること、じっと見てるかと思たら、次からわがでやるんや。飯を炊(た)いても、おかずをこさえても、
「なんでこないにうまいんやろ」
て、たんびにびっくり。糸を紡(つむ)いでも機(はた)織っても、手早い上に出来(け)上りの見事なこと。
評判が評判呼んで、近郷近在はいうに及ばず、京の都からも嫁にもらいたい、養女に迎えたいて、ひきも切らず。じさま、ばさまに贈り物をして、何とかて頼み込むんやけど、じさま、ばさまにしても手離しとないし、当の本人は最初(はな)から取り合わず、いっつもニコニコして首を横に振るだけやった。
3年経(た)った秋の満月の晩に、芋の子姫が、じさま、ばさまの前いぴったりと手をついて、
「長いこと、ありがとございました。お名残(なご)りは惜しゅうございますけど、あの満月が三日月になる時分に、おいとまを頂きます。可愛がってもろて、こない大きゅう育ててもろて、何の恩返しもせずにおいとまするのは心苦しゅうございますけど、これも運命(さだめ)と思(おも)て、お許し下され」
いつもニコニコしてる両の目から、真珠粒のよな涙をポロッとこぼした。そらもう、じさまとばさまのびっくらしたこと、雷が百も一ぺんに落ちたよに思(おも)た。
「そらまた、なんでなら?」
「なんでやいな、何ぞ、気に入らんことでもあんかいな」
二人は何とか思い止めよと思て、いろいろいうんやけど、芋の子姫はただただ泣くだけやった。
2日、3日、4日……、満月が段々に細なって行く。じさまもばさまも、もう引き止める言葉も手段(てだて)もないよになってしもて、ただただ三人肩を抱き合うよにして泣くだけやったけど、6日、7日と、いよいよお月さんが細なって行くのを見て、じさまは、
「よっしゃ、こういう運命(さだめ)やったんやろ。わしらも辛いけど、お前も辛かろ。もうこれ以上はいわん、別れに何ぞして欲しいことあったら、わしらにさしてくれ」
芋の子姫が涙の顔を上げて、
「甘えて悪いけど、田芋のズイキの皮をはいで長(なご)うにつないでもらえんやろか」
「そうかえ、そんなこっちゃったら易いこっちゃ」
あくる日から田ぁじゅうの田芋のズイキを切ってきて、皮をむいて、長(なご)うに長(なご)うにつないでった。
お月さんが細うなって、もう今夜で終(しま)いかいなちゅう晩。芋の子姫がじさまとばさまに、
「いよいよ、お別れのときが来ました。お二人とも、お達者で」
ズイキの皮の先い小芋を一つ結びつけて、それを分銅(ふんどう)にピュッと細う細うなったお月さんに投げ上げて、綱渡りするように、涙の顔で見上げてるじさまとばさまに何度も何度もおじぎして、遠い遠い空の向こうへ見えんよになってしもた。

細うなったお月さんの、夜明けがた。その細い細い先っちょから、ポトッて雫(しずく)が落ちて来たけど、じさまもばさまも、ほかの誰(だあ)れも見たもんはなかったんや。
それから後、じさまとばさまの家に月の光が差し込むと、芋の子姫のこぼした涙のあとが、いつまでも、キラキラと光っちゃったそうな。
昔も昔も、どーっと昔の話や。

※ この「岸和田のむかし話」は市制70周年を記念して平成4年11月に刊行された本をWeb化したもので、岸和田に伝わる昔話や、発刊時に創作された話を収録しています。
あくまでも昔話ですので、必ずしも史実に基づいているものではありません。
