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三好実休(みよしじっきゅう) 1526~1562

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

 戦国時代の武将。兄の長慶が幕府の実権を掌握して畿内を支配した時、三好氏の本拠である阿波国のほか讃岐・河内などを治めて三好政権の一翼を担いました。また弟の安宅冬康(あたぎふゆやす)が岸和田城主となって和泉を支配しましたが、当時、紀州の畠山高政が根来寺など紀州の勢力と連合して河内・和泉への進出をはかり、三好氏と対立していました。永禄4(1562)年、久米田寺付近で実休を総大将とする三好軍と畠山軍の合戦となり、実休は流れ矢にあたって戦死、三好軍の敗北となりました。
 久米田古墳群にある貝吹山古墳は、この合戦の際に三好軍が陣取り、ほら貝を吹いたという伝承から貝吹山と呼ばれ、ここが軍事施設に転用されたことを裏付ける発掘調査結果も出ています。

三好実休画像三好実休画像(堺市妙国寺蔵) 

三好実休首塚三好実休首塚(小松里町)