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報道発表 「岸和田市史史料第11輯 熊沢友雄日記(6) 明治23(1890)年~25年」を刊行しました

印刷用ページを表示する 2014年4月1日掲載

概要

「熊沢友雄日記」は、幕末期の岸和田藩士である熊沢友雄の日記です。明治維新の後、堺県会議員、同副議長、大阪府会議員、南・日根郡長などを歴任した嘉永5(1852)年から明治28(1895)年まで、ほぼ全期間にわたって記述されています。

市では、平成20年度から活字化して順次刊行しており、江戸から明治へと大きく時代が移り変わる中で、岸和田に生きた人物の生の証言にあふれたきわめて貴重な史料です。

平成25年度は、明治23年~明治25年を刊行しました。

詳細

 「熊沢友雄日記」には、明治前期の政治・制度の変革や社会の変化の様子、それに対する熊沢の感懐などの他、日常生活の食事、娯楽、親類・友人等との交流など些細な出来事も多く記され、当時のくらしぶりがよく伝えられている。

 本書記載期間は、熊沢はすでに公務を退いた後であるが、地域の名望家として地域社会と関わり続け、当時の地域社会動向をよく伝える好史料である。

日記の主な内容は次の通り。

(1)第1回総選挙と国会開会

明治23年7月に第1回総選挙が行われたが、同年3月頃から熊沢は総選挙に向けて、自由党系の演説会や地元の候補者選び等に関わっていた。同年3月には板垣退助が貝塚へ演説に来ており、その盛況ぶりなども記されている(同年3月9日条)。国会が開会した同年11月29日には岸和田でその祝賀会が開かれ、熊沢はその祝文を朗読したが、そこでは、民権運動に積極的に関わり、ようやく国会開会に到った感慨が述べられている。

(2)大津事件

 明治24年5月、滋賀県大津で来日中のロシア皇太子が巡査に襲われた、いわゆる大津事件の記事がある。日本の外交上の重大事件に対し、熊沢たちはロシア皇太子の宿舎に見舞の使者を送り、ロシア側の怒りを少しでも宥めようとしたという。一民間人にすぎない熊沢たちが、国家の外交上の問題に対して多少とも貢献しようとする姿は、現代の感覚では理解しにくいが、国会が開設されたばかりの当時の国民の国政観が伺える。

(3)濃尾地震

明治24年10月28日、岐阜県本巣郡根尾谷を震源地とする濃尾地震に関する記事がある。同地震は岐阜県・愛知県を中心に、大きな人的・物的被害を出したが、岸和田でも大きく揺れたようで、「安政年間以来かつてこれ無き地震」と日記は記す。次第に新聞報道などで地震の詳細を知り、被災地への義捐活動なども積極的に行っていた。

(4)盆踊り

現在の岸和田(旧城下町とその周辺地区)では古来の盆踊りは行われていないと言われているが、熊沢日記では明治20年代頃までは盆踊りが行われていたことがわかる。24年8月に岸和田浜町の盆踊りを見た熊沢は、踊りは旧来と異なって新旧混ざった風流とは言えない踊りで、音頭も野卑で聞くに耐えない、などとその感想を記している。江戸時代以来の盆踊りの形態が次第に変容してゆく様子が伺える。

  • B5判 266頁 1600円 (送料350円)
  • 3月31日(月曜日)から郷土文化室(市役所旧館地下)にて頒布。
  • 郵送を希望される場合は、代金と送料を現金書留、または郵便小為替にて郷土文化室までお申し込みください。2冊以上の場合の送料はお問い合わせください。送料は切手も可。

本件に関する問合せ先

郷土文化室 電話:072-423-9689