風物百選 97 大威徳寺 多宝塔
水彩 長野邦寿
山深い村々を通り過ぎ、やっとたどりついた牛滝山は目も覚めるような緑の中にあった。その中で際立って目に飛び込んできたのが朱色の多宝塔だ。極彩色が実に美しい。自然との調和が見事である。どっしりと落ち着いたたたずまい、二層であるが、大きく感じられる。
『和泉名所図絵』に寛政期の「牛滝もみじ見の図」がある。酒肴(しゅこう)を肩に、思い思いに着飾った男女が、楽しげに山に登って来る様子が描かれている。古くから牛滝のもみじは有名であった。
さらに古くは修験道の山であった。行者たちは、山深い自然の中で精神を鍛え、宇宙の神秘に迫っていったと思われる。
昔は鳥も通わぬ深い山の中であった。それでも多くの人が参り、遠く和歌山からも山越えで参籠(さんろう)する者もあった。牛の守護神としてもあがめられたので、最近まで着飾った牛の行列が続いたという。さまざまな時代の流れを、多宝塔は黙って見てきたに違いない。
昭和49年から50年にかけて、解体修理が行われた。創建は、天文20年(1551年)と伏鉢に記されてあったので、だれもがそのように思っていたが、解体中に内部壁面より永正12年(1515年)の墨書が見つかり、当初より30年余り以前に造られたことがわかった。天井からも棟札が見つかり、それには約百年ごとの部分修理の事実が書かれていた。
この塔は昭和の大修理で、創建当時の華麗さと、荘厳さを取り戻したのだ。
私たちが塔の前にたたずむとき、塔は、風の音とともに聞いてきた過ぎ来し方を、静かに語りかけてくれるのである。
文 奥徳治
資料
室町様式の多宝塔は、附棟札(つけたりむなふだ)2枚とともに、昭和46年3月、国の重要文化財の指定をうけた。昭和49年から50年にかけて修理し、方三間多宝塔・本かわらぶきとして復元された。
交通
バス停牛滝山から南300メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
