風物百選 96 大威徳寺 大師堂
日本画 武田利子
8月14日、施餓鬼会(せがきえ)の読経がセミ時雨に和している。村人十数名、経木を読みあげてもらうと、水向けに立って行く。
正面の御本尊弘法大師は座ったまま半眼を開いて慈光を放つ。右に阿弥陀如来・左天台大師・そして檀信徒の位はいが並んでいる。外観より堂内は案外に広い。板の間十畳。かつては種々の佛事が厳修(ごんしゅ)された名残の護摩壇(ごまだん)跡がある。現存諸堂の中でも最古といわれるが、傷みもひどい。
堂を出て裏山に登ると、ヤスンバと呼ばれる広場がある。村人が山仕事の帰りにここで休息する。紀州まで用たしして来た人も混じえて、よもやま話が尽きない。牛が新しいわらぐつに履き替えさせてもらうのもこの場所である。奥山から切り出した材木も、途中の難所を通って(引きずり下ろされて)来た傷跡を残して安息する。
タケノコ休みのころ、村の男たちは大峰山へおやまする。ヤスンバはその基点でもあった。まず本堂に参拝し、大師堂前で道中無事を祈願する。ヤスンバに同行がそろうと、剛杖(ごうづえ)に力して葛城を山越えする。行(ぎょう)を終えて帰村するころ、女・子供たちがヤスンバにござを敷き、酒・煮しめの用意をして迎え、精進明けを祝ったものである。
葛城山の林道がつくられる以前の話であるが、ある時、大師堂の裏山から大石が弾みをつけて落ちて来た。あわや大師堂が押しつぶされるかと思ったところ、ヤスンバの松の木でピタリと止まった。「お大師さんのご威徳はえらいもんや」と村人の信仰は今も根強い。その大石は、今もヤスンバで腰を下ろしておとなしうしている。
文 高見篤良
資料
和泉名所図絵には「大師堂に弘法大師の画彩、真如法親王の筆」と記されているが今は無い。
昭和50年発行、大威徳寺多宝塔修理工事報告書には「多宝塔の西方山腹に伝教大師と弘法大師の両像を安置する方三間方形造桟瓦葺東面の元和年間頃建立と推定される大師堂」とある。
交通
バス停牛滝山から南300メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
