風物百選 94 大威徳寺 本坊
日本画 横谷昌子
この寺は、開基が役(えん)の行者で、のちには弘法大師が修行の地に選び、求聞持堂や多宝塔などを建立したと伝えられ、真言宗に属していた。今の塔は室町時代にできたもので、昭和50年次の解体修理で伏鉢の銘に「天文二十年云々」とあることがわかったり、永正7年、大永2年などの墨書も発見されている。この塔は、国の文化財に指定されている。
弘法大師の後には、比叡山の学僧慧亮も来て修法し、大威徳明王の像を彫刻、安置してからは真言と天台の二宗に所属していた。弘法大師にしても、天台の慧亮にしても、二人とも今から千年以上も前の人。当時の建物や彫刻仏像があれば一級国宝物であろうが、幾度かの戦乱で今はその一つもない。
当時は、坊舎の数は48。堂塔がらんはその美を極め、朝廷や一般庶民の尊信も厚く、豊臣・徳川の歴代にも朱印状が下付され、保護を受けてきたが、今は荒廃している。
山門の前に、一本の老カエデがあって、樹齢数百年以上と認められ、岸和田市の天然記念物に指定されていたが、今は枯死寸前にあるのは悲しいことである。山門を入ると、右手の小高いところに、本坊がある。カエデの木の下をくぐりながら鐘楼のそばまで来ると、あか色のさんぜんとした宝塔が目に入る。これが去る昭和五十年に完成した多宝塔である。塔の前にあまつるのが求聞堂で、本尊である大威徳明王が祀られている。俗にいえば、本堂に相当するお堂である。この堂の後は牛滝川の上流。一の滝、二の滝、三の滝と、四十八滝とうたわれていたが、大戦中の乱伐による水害により、今では、その面影をとどめないほどに荒廃している。わずかに境内のカエデの木が残ったのは、不幸中の幸いである。
本坊の横に室町時代の作と認められる庭園がある。一般に知られていないが、大阪府下でも数少ないお庭の一つであり、長く保存したいものである。
文 出口神暁
資料
本坊は真言宗であり、穀屋坊は天台宗を奉じていたが、明治になって、萱葺の本坊が天台宗となり残った。庭園は、室町様式の回遊式庭園で、滝石組みの手法をとりいれている。現在、前方に泉水をつくっている。
交通
バス停牛滝山から南200メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
