風物百選 87 塔原民家と風景
きりえ 橋爪満雄
和泉山脈の大阪府側には、だいたい五つの谷がある。北から和泉市の父鬼、岸和田市の牛滝・塔原、貝塚市の蕎原、泉佐野市の犬鳴である。そのいちばん中間の谷間、津田川の上流にあるのが塔原。標高約300メートル、戸数約30戸が、津田川に沿って細長く部落を形成している。
昔は精米のための水車も三つあったが、今はない。産業としては、自分の家で食べる米づくりと、少しのミカンとタケノコ。あとは山林で労働したり、薪(まき)と間伐を売ったりして細々と暮らしてきた。が、薪がガスに変わり、間伐材も売れなくなった今、どこの地区でも見られるように、兼業農家として勤めに出る人も多くなった。村で農業に従事している人は、養鶏をやったり蔬(そ)菜類を栽培したりして、生計を立てている。
民家といえば、私の子供のころはほとんどかやぶきの家で、他の農村地帯と同じように土間の広い、四つ目建ちの家が多かった。今は瓦ぶきの家が多くなり、かやぶきの家も上にトタンを張って、ふき直す必要のないようにしている。広い土間の必要もなくなり、土間を新しい居間に改造している家も多い。
村は谷間の津田川沿い。田んぼは、村より5、60メート高い西側の台地にあり、水は村より1キロメートル上流から水路をつくり供給している。村は、谷間のために見晴らしはきかないが、四方を山に囲まれ、ホトトギスやカジカの鳴き声も聞かれる。自然美に包まれた、昔の面影を残した村落といえよう。
文 吉田敏昭
資料
塔原街道の終点、狭い谷合が少しひらけて、30戸ばかりの民家が、屋根を寄せ合ってかたまっている。弥勒(みろく)寺を中心にまとまった塔原には、くさぶきの民家がまわりの山にふさわしくなじんでいたが、今はほとんど見られない。岡の上の地蔵さんを祀ったくさ葺きの莢(さや)堂がいまは懐かしい存在である。
交通
バス停塔原から北へ150メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
