風物百選 85 河合の新池

印刷用ページを表示する 2009年3月3日掲載

河合の新池の日本画日本画 満田彗峰

 新池は河合の池であるが、私の村・相川の地つづきにある。今もなお峰々の中に、くっき.りと静かに真っ青な美しい水面を見せている。
 少年のころの私は、人里離れたこの池に恐ろしさを感じていた。一人では行けない。時たま三、四人で泳ぎに出かけた。池の水はじっとしている。表面はなまぬるいが、少し潜ると冷たくて、底の方は真っ暗である。水底からは聞き慣れない音が響いてくる。未だかつて水がなくなったこともなく、だれも底を見たことがないと聞いている池である。時には、涼をとるために、蛇が水面をくねくねと泳いでいた。本当に、池の主が足首をつかみ、引きずりこむのではないかと思った。今も、その冷たい感覚が残っている。
 それでも、私たちは勇気をふるって、200メートルを泳いで縦断したこともある。そして、対岸で、えも言われぬ少年の陶酔を味わった。
 新池は天明2年(1782年)岸和田藩が、お国普請として、各村から延べ一万四千人もの領民を動員して造らせた池である。恐らく、それ以来、水底を見せたことがないのではないかと私は思っている。
 私の村より高い位置にある。その高さと深さ(岸和田で最も深い)のせいもあってか、新池には藻が少なく、美しい水がたたえられている。堤の下は小さな湿原の様相を呈し、かれんな花も咲かせる。
 私は、今も時折、新池を訪ねる。知人を案内することもある。ここは、今も昔も変わらない。いつまでも水面に空の青さと山の緑を映し、少年の思い出と美しい水をたたえていてほしい。

文 伊藤正哲

資料

 河合から小川を遡り、中谷に入って、細い谷を約5,000メートル進むと、行手に見上げるような高い堤が視野に入ってくる。相川村からもトト藪から越える道が通じている。10万トン程の水量を貯える河合の水甕、新池である。

交通

 バス停相川から西600メートル


 この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。

 そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。