風物百選 84 神於寺
油彩 根来昭美
神於山の中腹にある不動さんの庭(ば)は子供らの遊び場にもなっていました。そばの小さな池でよくフナ釣りをしたものです。なかなか釣れないが、一匹釣ると、パイナップルの空き缶に大事に入れ、宝物のようにして持ち帰ったことを覚えています。
不動さんの護摩の日は、お堂は戸をはずされ、開け放たれます。中に恐ろしい形相をした不動明王が祀(まつ)られていて、周りに檀家の村人が座り、子供たちまで広い縁側に立って眺めています。不動明王の前で護摩木が音をたてて燃え上がり、読経の声は堂内をふるわせ、まさに炎の饗宴といった感じの、厳粛な奉修の行事なのです。
お堂の裏側のシイの古木は、秋になると、たくさんの実がなり、拾い集めたのをゆでて食べるのが普通ですが、大正生まれである私のこどものころは、大抵、生のままで食ってしまうほどの食欲をみんながもっていました。学校給食を食べ残す今の世代と大違いです。
別の日には、大日堂で大般若転読法要(だいはんにゃてんどくほうよう)があって、堂内に積み上げられたお経の山を、一冊数秒間の速読みでどんどん取り崩していく様子が面白く、また8月の施餓鬼(せがき)法要では、5色の蓮弁がまかれるのを子供らが競って拾い合いました。法会(え)の終わった後には、不動堂の岸に設けた餅放り台から勢いよく投げられる餅に、大人も子供もわれを忘れ、山内は沸き返ります。
神於寺の歴史は古く、「神於寺縁起」に詳しく伝えられているように役(えん)の行者の草創です。戦国の時代に二度の兵火にあい、七堂伽藍(がらん)ことごとく消失し、いまはその面影をとどめておらず、ただ山腹にはおびただしい量の瓦片が散乱し、坊祉を物語る平地が雑草にうずもれて散在するだけ。神於寺周辺の、大門、惣門、院内等の地名で呼んでいる田畑はその名残りです。
現在の神於寺本坊は院内にあって、福智院と並び、大日堂、不動堂の参道に面し、広い寺域のなかに1,300余年の法灯を静かに守り続けています。
文 川上三四二
資料
白鳳時代、684年に、役行者により開基され、盛時には、108坊を数えたと伝えられる。現在は、大日堂・不動堂・薬師堂と寺院二院が残っている。昭和31年8月に、境内が史跡として市指定文化財となっている。
交通
バス停神於から北東200メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
