風物百選 68 包近桃畑
油彩 高須国之
4月のはじめには必ず桃の花畑にやって来た大叔母が、来なくなってから久しくなります。朝もやの中で静かに煙る桃畑。明るい日ざしの中で華やかなじゅうたんを敷き広げる桃畑。夕映えの中で緋(ひ)色の雲海に変身する桃畑……。その中を品のいい和服でゆっくりと行く大叔母の後ろ姿を眺めるのが、幼いころから私はなぜか、大好きでした。
ついさき頃、信濃の山里を訪れた日のことです。人けのない店頭に並べられた、もぎたての桃の実を見て、思わず足を止めました。おしりをほんの少し突き出し、めしべの1本が残っていそうな優しい姿。食(は)めばざっくりと芯まで歯が通って、緋色の果肉が顔をのぞかせそうな懐かしい果実。桃と一緒に育った私には、一目でそれは「大久保」だとわかりました。
包近ではもう見かけなくなった品種です。あの和服姿のよく似合う大叔母が目を細めて散策したのも、実はこの「大久保」の花畑でした。大叔母はすでになく、包近の桃畑は現在、清水白桃中心に変わりました。
より甘く、より柔らかく、より艶(つや)やかな桃の実を追い求めて包近の農家は工夫をこらし、ミカンづくりよりも何よりも手間ひまのかかる桃づくりに励んでいます。
3月の下旬から4月の上旬にかけて、桃は一斉に花開きます。その花畑の中を、桃づくりの辛苦から離れていつの日か、あの大叔母のように、ふうわりと歩きたい---そんな和服姿のおのが姿を、ふと思い浮かべたりするこのごろです。
文 西村敏
資料
包近特産の桃栽培については、昔、付近の山から鬼が出て、毎夜悪事をはたらいていたので、鬼が嫌う桃を植えたという伝説が残っている。包近町を中心に栽培され、府下で一番の生産率を持っている。春、花が咲き、5月中には1個ずつ袋がけして実を守る。
交通
バス停包近から北西500メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
