風物百選 49 共同井戸
日本画 沖野慧子
雨の割合少ない岸和田に、年中絶えることなく、水がこんこんとわき出る所があるそうな。作才のバス停から百メートルほど西へ入った所。水は、夏は冷たく、冬温かく、いつもあふれ出ていると聞く。一度は見てみたいと常々思っていた。
伝説のある「夜泣き石」の場所を通ると、すぐに見つかった。土地の娘さんが手ぬぐいのようなものを一心に洗っている。幼子を乳母車に乗せてあやしている老婆に問うてみた。「ほんになあ…」昔は皆集まって洗いものなどをしていた井戸だと話す。
和歌山と大阪の中ほどにあるこの井戸は、道中の憩いの場となったかもしれない。夏の盛り、冷たいわき水は何よりのごちそうである。旅人は、あふれ出る水で汗をぬぐい、渇きをいやしたかもしれない。
情報のない昔、辺りの若女房や老女が集まり、畑から抜いてきたネギや大根を洗い、衣類の洗濯もしながら、あの娘は、あの若い衆は、とうわさ話をし、花が咲いて縁がまとまったこともあったかもしれぬ。青菜を洗う娘のふくらはぎがちらっと見えて、野良帰りの若者が胸をときめかしたこともあったろう。とかくこの世は、人集まりてのうわさ話、色話は好まれる。洗濯機などない昔とて、まさに格好の井戸端会議の場所。さまざまなことがあったろうと、想像すると、思わずほほえみが浮かぶ。
水の源はどこなのか。ここ作才にこつ然とわき出ているようである。
土地の人は、今もこの水で茶をたて、コーヒーをいれるという。まったりして味がいいそうだ。山からの天然の水は、わき出るまでに淘汰されて、人の心を豊かにするような清れつなものになるのだろう。
自然のものが余りに少ない時代だが、共同井戸の清水は、他人のうわさも恋物語もすべて溶かし込んで、昨日も今日もあふれ、流れている。そして明日もわき出て、流れていくであろう。
文 沖野慧子
資料
作才町の付近は丘陵端でもあり、旧津田川伏流水の東端にあたり、湧水が多く見られる。その一つを利用したもので、すぐ傍の夜泣石が目標となっている。
交通
阪和線東岸和田から南東300メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
