風物百選 46 チーゼル畑
染色 藤田一代
カッと照りつける太陽。体が燃え出しそうな真夏日。その中で「これ」の取り入れが行われる。
一日のうちに実を切り取り、すぐ炎天下の乾燥に。木は根ごと引っこ抜いて田のあぜに積み、片づいた跡へは施肥。そして耕し、代かきをして、細かに待植えをしておいた水稲の田植え。ひと口に木を引っこ抜くというが、高さ1.5メートル。根元ではひと握りに余る太さがある。その上、木にも葉の裏にも鋭いとげを無数につけているから、裸はもちろん、薄いシャツなどひとたまりもない。冬のジャンパーようのものを着、手にグローブのような布製の手袋をしての作業。汗は滝のごとく流れ、飲み水の補給は一升瓶で。2、3日の農作業で、4キロから6キロの体重が減る。
「これ」とは、チーゼルのことである。チーゼル=羅紗掻草(らしゃかきぐさ)。マツムシ草科の二年草、原産はヨーロッパ。葉は皮針形。六月ごろ、淡紫色の細かな花が密生した大きな頭状花序をつける。果実の穂にある小包片は極めて多数で、先端が鉤(かぎ)状になっているので羅紗製造の際、起毛に用いる。
別名オニナベナ。春の彼岸ごろ、山土の畑へ昨年の夏に採取した種を苗代まきする。五月末から六月には、10センチくらいに成長した苗を、畝立てした田に3~5センチ間隔に植え直す。11月、米を収穫した後へ今度は30~40センチ間隔で定植。翌春、軸芽が出てくると芯を摘み取り、4~5段で、すその軸芽を切り取る。つまり8~10個の実しか残さない。その後も次々と脇芽が出てくるがすべて摘み取ってしまう。種をまいてから一年半。米は八十八回手を入れるというが、これはそれ以上だ。その上、取り入れ後、雨が続いて天日乾燥に失敗すれば商品価値は零となる。上町だけの持産品といわれ、最盛期には上町の全農家が2~6反の栽培をしたが、それも昭和30年代まで。40年以降は減少の一途をたどり、今は種子保存の程度。私の娘が幼いころ、「イタイ、イタイの実」といった。言い得て妙である。
文 藤田保平
資料
明治20年頃試植され、以後上町付近を中心に栽培される。当地では、多く水田の前作として作られ、そのイガは起毛に使われて「ラシャ掻草」と呼ばれていた。
交通
バス停岸城中学校前から南300メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
