風物百選 43 兵主神社
きりえ 寺田恵美子
幼時、私は別所町に住んでいた。藤井町との境界近く、のんびりした所であった。よく父に連れられて、沼天神から北東へまっすぐの道を兵主神社まで散歩した。「西の内の宮さんへ行こう」との言葉で姉と二人、背の高い父に手を引かれ、春はれんげを摘みながら、秋は野菊の花を束にして、一直線に続く地道を歩いた。
「夜が冷たい 心が寒い
渡り鳥かよ おいらの旅は…」
口ずさむ父の歌は、決まっていた。
当時は神社の向かいが春木競馬場で、草競馬の開かれている日もあった。そんなときは「お宮さん」の帰りに、柵越しに馬を眺めたり、競馬場の空き地に一面に生えているしろつめ草を摘んだりした。
そのころの神社は静かで森が深く、高く重なり合ったこずえの先に空が見えた。本殿の裏や稲荷の辺りはとても怖くて一人では行けなかった。多くの思い出があるなかで、とくにこの兵主神社への散歩が、父の歌声と共に鮮明に息づいている。
今、この神社の辺りは変わった。あの沼天神からの道は、車の往来が激しい。競馬場は広大な公園に様変わりした。昭和四十九年天然記念物指定の神社の草むらには、カラフルな遊具が備わっていて、土が白い。ベンチでひなたぼっこをしている老人がいる。写生に来て水をくんでいる小学生の、一団がいる。ミニバイクを止めて一服している青年がいる。
幼時、心に刻んだ「宮さん」に比べ、明るくて開放的な雰囲気に変わっているが、延喜式内の風格ある社のたたずまいはそのままで、訪れる人々を今も温かく包んでいる。一対のこま犬も健在である。
「西の内の宮さん」は、天照大神をはじめ多くの祭神によって、現在をしたたかに生き続けている。
文 西山光子
資料
延喜式内社で、旧掃守郷十二か村の総社として、俗に大宮と称せられ、また雨降りの神として崇敬されてきた。三間社流造りで、檜皮ぶきの本殿は、国から重要文化財として指定されている。
交通
バス停中央公園前から南西250メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
