風物百選 37 弥栄神社
油彩 脇幹夫
「境内に足を踏み入れただけでほっと心の安らぐような、そんな緑の環境をつくることを一生の仕事にしてきた」と父は言う。
松の大木のほかは、境内のほとんどの木を自分の手で植えた、というのが、宮司である父の自慢でもある。そんな父は白衣に袴、というよりも作業着姿で木の手入れをしている時の方がはるかに多い。
緑の中にいると、幼い日の母の懐に抱かれていた時の安らぎを感じる。久方ぶりの雨に潤った時の、うれし気に輝いて見える木立が特に好きだ。参道の両わきに点在する黒くこけむした石灯ろうも、緑の中では不思議に映える。一抱え以上もある大きなクスノキも、植えたばかりの小さな苗木も、何度も私の顔をはれ上がらせた漆の木さえ、木々の一本一本をいとしいと思う。
参道の突き当たりに、「スサノオノミコト」をお祀りする御本社が見える。「合掌造り」の拝殿が雄々しい。三方に欄干を渡した回り廊下が囲み、戸は格子組みで、上下に分かれる蔀(しとみ)戸になっている。
広い格天井のある拝殿の側壁に、ぐるりと、「三十六歌仙」の額が掛けられている。この額も、大事にしまい込まれていた時には、年々傷みや変色がひどくなったという。壁に掛けられてから久しくなるが、浮き彫りにされた十二ひとえや、直衣の落ち着いた色調が今も美しい。
拝殿、中殿に続く本殿は、神明造りの前流れを長くした「流造形式」である。蘇芳色(すおういろ)の桧皮ぶきの屋根が、いにしえへの郷愁を駆り立ててくれる。
ある日、末社の白永神社の赤い鳥居の横で、子供たちとシイの実を拾っていると、神前に祈る嫗(おうな)の声が聞こえてきた。健康や日々の糧、さらには家族や隣人、社会への感謝の言葉に終始した嫗の祈りは、願うことしかない自分と比べ、なんとさわやかに響いたことだろう。
緑の間で、漆の木が真紅にもえていた。
文 豊田美穂
資料
社地は洪積台地先端部を覆ふ砂丘上にあり、八幡山といわれる。創建年代・由緒は明らかではないが、室町後期の天文年間(1532年~1555年)には、神社の形態をととのえていたともいわれる。
交通
南海本線春木駅から北へ650メートル
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
