風物百選 35 西福寺
版画:高浜雄三
浄土宗西福寺は、春木川を渡って紀州街道を北に200メートルほど行ったところにある。
通りの両側には小さな商店が並び、路肩ぎりぎりまでひさしや看板がせり出しているため、うっかりすれば寺の前を通り過ごしてしまいそうだ。
山門を入れば、クスノキの大木が視界を遮る。樹齢500年は超えているだろうか。凛としてそびえ立つ様は、この寺の重みを一層強いものにしている。正面の本堂に御本尊阿弥陀如来座像が安置され、南側の地蔵堂には、聖徳太子の作と伝えられる地蔵菩薩立像が祀られている。
開祖は行基菩薩とも源知上人ともいわれ、一時は末寺五十余を数えたが、その後、荒廃。天文23年(1554年)、燈誉上人が境内を三丁四面に構え、七堂伽藍を再建。奈良帝より勅願所、また将軍足利義晴公より「下馬上車守護不入」の制札を賜るなど、由緒深い寺である。正しくは浄土宗遍照山攝取光院西福寺という。
私は幼いころ、西福寺の近くで育った。当時は付近のわんぱくどもの格好の遊び場であった。山門わきの鐘楼堂によじ登ったり、石けりや陣取り、かくれんぼをして遊んだ。日が暮れて、お堂も木々も友達の顔も夕闇に溶けてしまうまで、遊びほうけたものである。
クスノキの大木は、いまもそこにそびえ立っている。しかし、日はやっと西に傾いたところなのに、子供たちの遊ぶ姿が見えないのは何かさみしい。境内は掃き清められ、ちりひとつ落ちていない。形よく整えられた松の葉先が西日を受けてキラリと放射状に光った。
子供のころは、西福寺が由緒の深い寺であることを知らなかった。和尚様の講話を神妙な顔で聞き、その後は寺中を駆け回って遊んだことが懐かしい。今の子供たちは寺で遊ばずとも、他に遊び場があるのだろうか。堅く閉ざされたお堂の扉は、遊びに来る幼い者を拒んでいるように子供たちの目に映るのだろうか。
文:中野武子
交通
南海電車春木駅下車。徒歩15分
この「岸和田風物百選」は、岸和田市の市制60周年記念事業の一つとして昭和58年(1983年)に制作されました。
そのため、内容が古くなっている部分もありますが、交通手段を除いて、原本に忠実に再現しています。これは、実際に現地を訪れた際に、この間の時の移り変わりを感じていただければとの考えからです。
